第7話 悪役令嬢登場!


 さて皆さん。

 私、つるし上げられています。


 クロエをはじめとした五人の女たちにやいのやいのと責められています。


「や、だから私、ロベールに捨てられたわけで」

「うそよ!」


 聞く耳もっちゃいません。

 なにか喋ろうとしても、かぶせてがーって言われちゃうから最後まで言えないんだよね。


 くっそう。

 殴ってやろうかしら。


 できないんだけどね。相手はそれを待ってるわけだから。


 私たちの騎士の娘は、それなりに訓練を積んでいる。

 戦い方だけじゃなくて、人を殺す覚悟も自分が死ぬ覚悟もしっかりと刻みつけられているんだ。


 どうしてかっていうと、そのまんま騎士の娘だから。


 敵兵に囲まれる可能性がある。敵兵に囚われる可能性もある。

 そのとき、一人でも多くの敵を殺せるように。そして虜囚となって辱めを受けるより前に自ら幕を引けるように。


 なので私自身、人を殴ったり殺したりすることに恐怖心は持っていない。

 もちろん殺人鬼じゃないんで、喜んで殴るなんてことはないけどね。


 ただ今のケースだと、相手は私に先に手を出させたいんだ。

 罵詈雑言を浴びせられたから殴りました、というのは通用しなくて、殴った方が悪者になるから。


 騎士というのは堅忍不抜。悪口を言われた程度で剣を抜くなんて、あってはいけないことなんだよね。

 そういうぎりぎりのラインで、クロエたちも言葉を選んで責めている。


 騎士の誇りを傷つける発言をしないようにね。

 これだけは例外で、騎士の誇りを傷つけたってなったら殺されても文句は言えない。


「こんなちんちくりんのくせに、どうやって殿方に取り入るのかしら!」

「脱いだらすごいとかいうやつですか!」


 あー、はらたつなぁ。

 私について言ってるだけだから、キレるわけにいかないんだよなぁ。


 家のこととか馬鹿にしてくれれば、いっきに正義はこっちに傾くのに。

 あるいはレオンの悪口を言ってくれないかな。

 そしたら手を出す口実ができる。


「どうしたの? 黙っているのは、自分に非があるってみとめてるの!」


 んなわけあるか。

 口を滑らせるのを待ってるんだよ。


「これは何の騒ぎですの?」


 突如として凜とした声がサロンに響き渡った。


 一瞬の沈黙。

 そして、ざわざわとサロンがざわめき出す。


「何の騒ぎだと訊きましたよ?」


 ふたたび静寂だ。


 誰の声だろう? 

 私、囲まれてるから見えないんだよね。

 背の低い自分が恨めしいわ。


 でも、みんなの視線がクロエに集中していくのはわかった。まあ主犯格だしね。


 かつかつと靴を慣らし、近づいてくる気配。

 しゅっと風を切る音と、ぱぁんという景気のいい音がほぼ同時にきこえた。


「ひ……」


 張られた右頬をおさえ、クロエがうずくまる。

 視界がひらけ、平手で彼女を打擲ちょうちゃくした人物がはっきりと目に映った。


「三度同じことを訊かせるつもりですか? 恥を知りなさい」


 花崗岩のように佇立するのはリーテカル伯爵令嬢イヴォンヌ。

 ふうわりと蜂蜜色の髪がひろがり、青い目に怒りの炎が灯っている。


「あ、あの……私たち……」

「この方たちが私をつるし上げていた、という騒ぎです。イヴォンヌさま」


 クロエが口をもつれさせるのを横目に、私が答えた。

 私たちは爵位のない王国騎士の娘、対する相手は諸侯の位である伯爵家の娘である。


 そんな人に、三回も同じ質問をさせたなんてことになったら、下手したら実家にまで累が及ぶ。


 クロエの家だけじゃないよ?

 彼女の取り巻きの家も、私の家だって同じだ。


 なので、仕方なく私が答えたのである。

 なんかサンシタが実力者に泣きつくみたいで格好悪いんだけど、背に腹は代えられないからね。


 イヴォンヌが笑う。

 にっこりと表現したいところだけど、どうみてもにやりという笑い方だった。







「直接お会いするのは初めてですわね、マルグリットさん」


 げ、名前を知られている。


 王国騎士は百五十人もいて、その子女って五倍くらいにもなるだろう。そのなかでピンポイントに顔と名前を一致されてるなんて、絶対に吉事だとは思えない。


 視線の隅、クロエと取り巻きたちがこそこそと逃げていくのが見えた。


 イヴォンヌはちらっと一瞥しただけ。

 冷笑すら浮かべてね。


 雑魚どもが、って、すっごい小さい声で言いやがったぞ。この伯爵令嬢。


 やばい。

 私、なんかヤバい人に目を付けられてる。


「お初にお目にかかります」


 しおらしく私は頭をあげた。

 仕方ないじゃない。クロエたちは逃げちゃったし。

 ほんっとに、あの雑魚たちは。


「会うのは初めてだけど、縁がないわけではないのよ」


 言葉を崩しながら、イヴォンヌはテーブル席へと誘う。


「縁、ですか?」


 椅子に腰掛けつつ、私としては帰りたい気持ちでいっぱいだ。

 本来であれば、一緒にお茶を飲むような相手ではない。

 身分が違いすぎる。


「マルグリットの婚約者だったロベールね。あれを寝取ったのはわたくし」

「えええぇぇぇ……」


 あれとかいうな、寝取るとかいうなよ伯爵令嬢が。


「彼には才能があり、上昇志向も強かった。だから伯爵家としてバックアップしたのよ」


 伯爵家が推薦したのなら、若くして十四騎士に抜擢されたことも納得はできる。


「そうなんですか……」

「なによその気の抜けた返事は。もっと激昂しなさい。わたくしは憎き恋敵なのだから」


 いや、煽られましても。

 目の前の現実をかみ砕くだけで精一杯なんですよ。



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