第6話 絡まれたよぅ


 リシェスのケーキは文句なしに美味しかった。


 そうだなあ、私の作るパイを一とするなら、六十五くらい美味しいかな。使っている材料も、職人の腕も、遠く及ぶところじゃない。

 まあその分、お値段も立派なもんなんだけどね。


 ともあれ大満足のティータイムだった。


 すごく都会的で軽やかな風味のケーキで、いまの王都コーヴの流行を的確に捉えてる感じ。

 むしろリシェスから発信してるのかな?


「美味しかったですね。レオ」

「たしかに美味かった。それは認めるが……」


 夕刻の高級住宅街をそぞろ歩く。

 ダウンタウンの賑わいとも貴族街の格式とも違う独特な雰囲気が楽しい。


「保留付きですか?」

「俺は、メグの焼いたケーキの方が好きだな。あくまでも個人的な感想だが」


 うーむと腕を組む白騎士様。

 口に出しつつも納得できていないような、そんな表情で。


 私はちいさく微笑んだ。


 たぶん、託児所の子供たちも同じ感想を抱くだろう。

 ようするに子供舌なのである。


 都会的な洗練されたケーキの繊細な味よりも、どっしりとしたストレートな甘さの方がわかりやすいからね。


「お世辞でも嬉しいですよ」

「世辞じゃないんだが、なんと表現していいのか判らないんだ」


 がりがりと頭を掻く。

 まあ騎士ってのは弁舌の徒ではないから仕方がない。


 それに、彼自身もあんまり多彩な甘味を楽しんだことがないんだろう。大人の男性が菓子店をハシゴとかできないもの。

 となれば子供の頃に食べた味がベースになってるってこと。


 高級レストランのシェフが仕立てた料理と、お母さんが作った食事。それを比較しているようなものだ。

 どっちが良いって話じゃないんだよね。


 なんていうんだろう、戦うフィールドが違うっていうか、そもそもジャンルが違うっていうか。


「俺が変なんだろうか?」

「まあ、私のケーキの方が美味しいと感じるなら、あんまり一般的ではないですね」

「そうか……」


 ずずーんと沈んだりして。


 そんなでかい図体で沈まないでほしい。

 なんだか雨の中でしょんぼりしている大型犬みたいで、ぎゅっとしてあげたくなってしまう。


「明日もう一回、私のケーキを食べてみますか? けっこう違いがはっきりわかると思いますよ」

「ぜひ!」


 顔を輝かせる白騎士さま。

 でも騎士ってより、尻尾をぶんぶんと振り回している犬みたいだった。


 本当に、ほんっとうに失礼なんだけど、可愛いって思っちゃったよ。






 私は週のうち四日、ポレットの託児所を手伝っている。

 貴族・騎士階級の義務である奉仕だ。


 では残りの三日をどう過ごしているかというと、だらだらしているわけではない。


 一日は学習だ。家庭教師に学問と礼儀作法と家事全般を習っている。

 騎士の娘として、いずれ騎士の妻として必要になるものばかりだから、手を抜くわけにはいかない。


 もう一日は休息日。


 そして、残った一日が平民からは縁遠い、もっとも憂鬱な日だ。


 宮廷への出仕である。

 といっても私たちみたいな騎士の娘に仕事があるわけじゃない。ただ宮廷に赴いて、典礼監に挨拶するだけ。


 でもそれが済んだら帰って良いってわけじゃなくて、サロンとかで他の貴族の娘たちと交流をしないといけない。

 ようするに社交の場ってこと。


 大事なことだってのはわかるよ? 私たちは男の子たちみたいに軍学校とかいかないしね。

 騎士の家の子弟同士の顔を繋ぐ機会は必要なんだ。


 なんだけど、憂鬱なものは憂鬱なんですよ。


「マルグリットさん。本当なんですか? 白騎士様とお付き合いなさっているというのは」


 サロンに入ると、さっそくクロエが話しかけてきた。

 小麦色の髪と若草色の瞳をもった彼女も騎士の娘である。


 というより、爵位持ちの貴族の令嬢たちは騎士でも貴族でも入れるサロンじゃなくて、貴族専用のサロンにいることの方が多い。


 ほらきた。

 ほらきた。

 だから出仕するの嫌だったんだよなあ。


「耳が早いですね。クロエさん」


 にっこりと笑みをかえす。

 多少ひきつった感じになるのは勘弁してね。


 否定も肯定もしないのは貴族的な話法ってやつ。言い回しひとつで相手の言うことを察するってのもサロンでの修行だ。


 この場合は否定していないから、本当のことだよって意味になる。

 否定していないけど事実じゃないよってケースもあるんで、そういうパターンも学ばないといけない。


 社交の場ってのは、そういう訓練も兼ねてるんだよね。

 だからクロエみたいに直球で訊ねてくるのは論外なんだ。


 でも、それを注意するってのも無作法だから、耳が早いねって言葉でたしなめたんだよ。

 情報収集よりほかに気を配らないことがあるでしょってね。


 ね? めんどくさいでしょ。


 私たち騎士の娘はサロンでやる程度だけど、貴族の令嬢たちは普段の生活でも、つねにこういう状態らしいよ。


「あなた先週、騎士ロベール様と別れたばっかりですよね?」


 ずずい、と、顔を近づけられた。

 たしなめ攻撃はまったく効果がなかったようである。

 気づけばクロエのシンパっぽい娘たちに囲まれてしまっていた。


「信じられない。男をとっかえひっかえ」

「こんな豆のくせに」

「ふといくせに」


 おいお前ら。


 まるで私がフったみたいな言い方をすんじゃない。


 あとな、身体的な特徴をあげつらったらだめだろ。

 騎士の娘以前に、人として。

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