閑話 悪役令嬢と悪役騎士。あと、悪役未亡人


 ロベール・ヴァンサンは、けっして評判の悪い人物ではなかった。

 そもそも、評判の悪い人物が二十歳の若さで十四騎士のひとりに叙せられるわけがない。


 部下はきちんと気を配り、上司に対しても筋を通す。

 実力も人望もある。


 そして外見も悪くない。くすんだ金の髪も深く青い瞳もすらりと均整の取れた体躯も、貴婦人たちからの熱視線を受けるに充分だった。


 そして、リーテカル伯爵家の令嬢であるイヴォンヌも、ロベールに心惹かれた一人である。

 猛然と彼女はアプローチし、ついにロベールのハートを射止めた。


 決め手となったのは、父親に頼んで推薦状を書いてもらう、という一言だった。もちろん十四騎士への。


 ロベールの実力であれば、三十になる前にはその座に着くことは可能だったろう。

 しかし、結局のところ彼は待てなかったのである。


 自分の実力に対しての自信もあった。

 目の前に転がってきたチャンスを、みすみす逃すつもりはなかった。


 ルブラン家との縁は切れてしまうが、リーテカル伯爵家との縁が生まれる。差し引きで大きなプラスだ。

 婚約者だったマルグリットに申し訳ないという思いもないではないが、出世との秤には乗せられない。


 そもそも、家柄が合わなくなるのだから婚約の解消はやむを得ない部分だ。


「マルグリット嬢は白騎士レオン殿と恋仲らしい」


 という話にロベールが触れたのは、十四騎士の一人となって間もなくのことである。

 ざわりと心が騒ぐのを彼は自覚した。


「別れた女が遠くで幸せになっていると聞いたときの顔、ですわね」


 花が咲くように笑うのは、マルグリットの話をロベールに伝えた本人、伯爵令嬢のイヴォンヌ。

 ロベールの現在の婚約者である。


 蜂蜜色の髪をした歴然とした美女で、それこそ件のマルグリットと比較したら、容姿の点で劣る部分はなにひとつない。

 ただ性格面でははるかに攻撃的で、あきらかに治よりも乱を好む。


「なんですか、それは」

「十四騎士にフラれた後、四騎士に見初められる。まるで吟遊詩人のうたうサーガですわ」

「たしかに。さしずめ僕は間抜けな引き立て役といったところですか」


 シニカルな笑みを浮かべ、ロベールが両手を広げてみせた。

 本当にイヴォンヌが言ったとおりで、別れた女が遠くで幸福になっていると聞かされた気分である。

 どういう表情をして良いのかわからない。


「つまりませんわ。もっとこう、売女め! ふざけるな! とか、わめき散らすかと思いましたのに」


 くすくすと笑う令嬢。

 まるで、なにかを試すように。


「あなたが見初めた男は、その程度の小者ですかね?」


 ロベールの声は苦い。


 そういう思いがまったくないといえば嘘になる。

 しかし、かといって、彼のことを思ってマルグリットが泣き暮らしていれば嬉しいかといえば、それも違う。

 幸せになってほしいという気持ちにも嘘はないのだ。


「出世のために婚約者を捨てる程度の小者ではありますわ」

「それを言われたら痛いです」


 さっと混ぜ返した伯爵令嬢に頭を掻く。


「間抜けな引き立て役のロベールが恥を雪ぐ方法はひとつしかありませんわ」

「拝聴しましょう」


「大きな男になってみせなさいな。白騎士を超えるくらいの。マルグリット嬢が逃がした魚は大きかったと悔しがるほどの」


 大輪の花がほころぶように、あるいは、咲き狂う毒花のように、イヴォンヌが笑った。


「そのために十四騎士の椅子を用意しました。ここで終わるつもりはないのでしょう?」


 若い騎士の野心を煽る。


「もちろんですよ。姫」


 熱に浮かされたようにロベールが頷いた。










「せんせい! なんであいつを豆ぐりっとに会わせたんだよ!」


 うがーっ! という勢いで飛びかかってきたマルコを、ポレットはひょいと受け止めた。


「なかなかの突進だったけど、わたくしを倒すにはまだまだ未熟ね」

「豆ぐりっとは! 俺とけっこんするはずだったのに!」


 ぽかすかと殴りつけてくる少年。

 それをポレットは左手で流す。


 老いたりとはいえ騎士の娘であり、騎士の妻であり、騎士の母である人物だ。下町の子供ごときに後れを取ったりしない。


「ほっほっほっ。メグさんをお嫁さんにしたいなど、このわたくしに勝ってからほざきなさいな」

「おのれぇ!」


 ポレットが営む託児所は今日も賑やかである。


 週のうち四日はマルグリットが手伝いにくるが、それ以外の日はポレットひとりで八人の子供の面倒を見ている。

 そしてそのうち年長の三人が、マルグリットに恋心を抱いていることを、もちろんポレットは知っていた。


 子供たちにとって、初めてふれあう家族以外の女性。

 だいたいこういう感情を抱くものなのである。

 珍しくもなんともない。


「むしろ珍しいのは、あのぼんくらよね」


 マルコに加え、ジャンとルネも参戦して三対一になったが、まったく危なげなく攻撃をいなしながらポレットが独りごちる。


 マルグリットが手伝いにきてくれるようになってから、やたらと高頻度で託児所を訪れるようになった甥のことだ。

 そして彼女の作ったお菓子を幸せそうに頬張るという、正直言って、ちょっと気持ち悪い甥だ。


 なんとなくマルグリットに気があるんじゃないかなと思ったから間を取り持つようなことを言ったのだが、じつはポレットにも十全の自信があったわけではない。


 単純にお菓子が目当てという可能性もある。


 けっして気持ち悪いから押しつけたわけじゃないのよ、許してね、と、内心で呟きながら、子供たちと遊び続けるポレットだった。


 託児所は今日も平和である。


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