第8話 ライバル宣言されたんですけど


 つまりロベールは、伯爵家の令嬢と婚約することで十四騎士の座を手に入れた。

 それまでの婚約者である私は邪魔だったわけだ。


「業腹な話では、たしかにあるんですけど」


 挑みかかるようにイヴォンヌの眼差しに、私は肩をすくめるしかない。

 現実問題として、私の実家ではロベールの出世の手助けにはならないのだから。


「余裕ね。さすがは白騎士レオンとすかさず恋仲になっただけのことはあるわ」

「すかさずっていうか……」


 一方的に婚約者を破棄されてから、半月もしないうちに新しい恋人を作っている。

 そりゃあね、私だって他人様のことだったら尻軽だなぁとは思うよ。


 でも、違うんだよ。

 恋人のフリをしてるだけなんですよ。


 言えないけど。


「そして挑発にも簡単には乗らない」


 堅忍不抜ね、と、くすりと笑うイヴォンヌ。

 わざと煽って怒らせようとしたのだけれど、と。


「いえ……」


 違うんだ。それは過大評価なんだ。

 私とレオンの関係は、馬鹿っぽすぎて説明が難しいってだけの話なんです。


「あの雑魚たちにつるし上げられても流していたようだし」


 違います。

 普通に劣勢でした。ただ、少しでも有利な局面で開戦しようと機を測っていただけです。


 具体的にいえば、ひょうひょうと流していれば激昂したクロエたちから手を出してくるんじゃないかなーと思っていたわけだ。

 背の低い私が追い詰められているようにみえたら、まあ正義は我にありって主張しやすいしね。


「イヴォンヌさまが助けてくれなくては、どうなっていたかわかりません」

「そうね。わたくしはむしろ雑魚たちを救ってあげたのよね。場を収めねば、彼女たちは立場も命も失っただろうから」


 ちゃう。

 ちゃうちゃう。

 なんでそういう解釈するねん。


 イヴォンヌを持ち上げてこの場を切り抜けようとした私の高度な折衝テクニックは、謎の解釈によって粉砕されてしまった。

 そもそも、立場はともかく命を失うってなにさ。


 私は五人を相手に大立ち回りを演じられるほど強くない。


「五人なんて無理ですよ」

「そうね。でもケンカになった場合の勝ち方を考えていたでしょう?」

「ぐ……」

「ボス格を叩きのめし、余勢でもう一人潰す。そうしたらあとは逃げる。そんなところかしら」


 私は黙り込んでしまう。

 今度は不正解だったからではない。

 正鵠を射られたからだ。


 一人に対して複数でかかり、しかも逃げ出したとなれば面目は失墜する。

 これが立場を失うということ。

 命に関しては、クロエを殺すのはやむなしと思っていた。


 降りかかる火の粉を黙って受けていなさい、とはどこの騎士の家訓にもないだろう。

 騎士にとって大切なのは誇りだから。


「舐められたら終わりだからね」


 だから機先を制して殴りつけたイヴォンヌは、ちょっとぶっちゃけすぎだけどね。

 





好敵手ライバルのご尊顔も拝したことだし、わたくしは引き上げるわ」

「ライバルて……」


 なにを言っているのだろう。この人は。

 伯爵家のご令嬢と騎士の娘では、ライバルになんかなりようがないじゃないか。


「わたくしはロベールを大将軍の地位につけるわ。彼にはそれだけのチカラもあるし」


 青い瞳を野心に爛々と輝かせて語る。

 狙うは大将軍の令夫人の座か。


 夫とともに、この王国の中枢をがっちり握ろうって魂胆だね。野心家だなぁ。


「貴女のレオンはまだ一歩リードしているけれど、油断しないことね。すぐに追い越すから」


 にっと不敵に笑い、イヴォンヌは踵を返してサロンを出て行った。


「……なんだか嵐みたいな人だったね、メグ」

「そういうあなたは、嵐に怯える小動物みたいに隠れていたわね。カミーユ」


 どこからともなく現れた友人に半眼を向けてやる。


「隠れてないよ。ちゃんと牙を研ぎなから見てたよ」


 調子の良いことをいう茶色い髪と瞳の娘はカミーユといって、やっぱり私と同じ騎士の娘だ。

 けっこう親しく付き合っているのだけど、侠気とは無縁な人物なので私が絡まれていたのだって隠れて見ていたのだろう。


 まあ、助けに入られるのも困るんだけどさ。

 イヴォンヌに指摘されたように、私は反撃の機会をうかがっていたし、一対五という状況だから意味がある。


 味方してくれる人がいた場合、こちらが一方的な被害者面をできなくなってしまうからね。


「それにしても、どうやって白騎士様の心を射止めたの? じっさいサロンでもその話題で持ちきりだったんだよ」

「ええと、私が奉仕にいってる託児所の所長の甥御さんだったの。そのご縁で」


 嘘ではないが事実のすべてを網羅してもいない。

 でもまあ、レオンがおやつの残りを恵んでもらうために託児所に通っていたなんて、わざわざ言う必要のないことだしね。


「そんな良縁が転がっているなら、私も託児所を奉仕先にすれば良かった」

「カミーユはちゃんと婚約者がいるでしょうが」


 ため息を漏らす友人に呆れてみせる。

 この娘にも幼少の頃から婚約者がいるのだ。というより、そういう縁続きがない騎士の娘なんて、そう滅多に存在しない。

 よっぽどの凶状持ちでもないかぎりね。


「ノアよりレオン様の方が良いに決まってるじゃん」

「身分違いだけどね」


 私は本物の恋人ではないけれど、実際に結婚って話になったとき、レオンとの間には身分の壁が立ち塞がっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る