七度目の目覚め


 目が覚めると目の前に一人の少女がいた。白い粗末なワンピース。それ以外は何も身に着けていない。伏し目がちな、一人の少女。


 少女は湯気の立つ水瓶を抱えて立っている。俺は思わず目を見張った。

 何も履いていない白い小さな足が俺に一歩近づく。俺はギョッとして後退あとずさろうとした。だがそうしてみても己の踵が壁に当たり、腕から伸びた鎖が壁にぶつかってジャラジャラと空しく音を立てただけだった。少女はそのまま水瓶を床に置き、中から白い布を取り出す。まるで何事も無かったかのように。

 湯気の立つ白い布越しに、少女の手で体を撫ぜられる。息と共に、俺の喉から思わず呻き声が漏れた。

 少女は麦の粥を俺の口に運ぶ。そこで俺はあることに気がついた。

 同じだった。何もかもが。少女の、俺の体に触れていく順番、その力加減、彼女の息に冷まされ口に運ばれるポリッジの温度。そしてその一連の動作をする時の息遣い、視線の取り方、表情、その全て。何もかもが同じだった。


 しかし――

 俺は寝起きの朦朧とする脳に鞭を打ち、考える。

 初めに見た少女にはこの場所にほくろなんてあっただろうか。次に見た少女の鼻は本当にこのような形であっただろうか。昨日見た少女の横顔は果たして全くこれと同じだっただろうか。いや、そもそもあれは本当に昨日・・のことだったのだろうか。

 少女は盆を下げる。俺はその背に向かってうわごとのように呟いた。

「あいつは……いや、お前は……」


 伏し目がちな、一人の少女。身に纏うのは白い粗末なワンピース。少女は〝やはり〟何も答えない。そのまま少女は盆を持って俺の前から立ち去った。俺はその後、再び眠りについた。




 俺は夢を見た。だが今度の夢は今までの夢とは様子が違った。


 体に空気がへばりつく。口が、鼻が、肌が、塗り固められていくようで息がうまくできない。その重苦しい泥土のような空気の中、薄暗い階段を降りる人影が見えた。

 白い粗末なワンピース。腰まで届く長い黒髪が、手に提げたランプの灯を受けて艶々と輝いている。その人影は自身がずっと下ってきた階段を、俺のいる方を振り向いた。


 俺はハッと息を飲んだ。あいつだ。

 ランプの揺れる灯に照らされたその顔。それは、俺があの部屋で出会った少女と同じだった。

 何故そこで〝同じ〟だと思ったかは分からない。つい先ほどまで「俺の見た少女は全員同じ人物だっただろうか」と考えを巡らせていたというのに。だがしかし、この判断に何故だか俺は並々ならぬ確信を持っていた。


 少女は再び前を向いた。そしてトントンと軽い足音を立てて、いつ終わるとも知れぬ暗い暗い階段の下へ、薄暗い闇の底へと進んでいく。

 俺はその後ろ姿に声をかけようとして、やめた。

 ここはどうせ夢の中なんだ。俺が今あいつに声をかけたところで何がどうなるわけでもない。俺に、何ができるわけでもないのだから。

 そう俺自身に言い聞かせて。

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