五度目の目覚め


 今日も俺は夢を見た。


 今度俺がいたのはある部屋の中。部屋には香が焚きしめられており、香炉から立ち上る紫色の煙は蛇のようにのたくっている。甘ったるい空気が俺の肺腑を満たす。その香りは俺の血に溶け込んで体内を駆け回った。

 部屋の中を見回す。部屋いっぱいに所狭しと風変わりな道具が置かれている。中で緑色の炎が燃えている瓶、怪しげな木彫りの像、細やかでかつ大仰な装飾の施された鏡。それらの道具は一見無造作に放られているように見えるが、用途や目的ごとにまとめられていることが俺には分かった。


 机の上に置かれている物。それに、さながらランプの灯に誘われる蛾のように俺の目は吸い寄せられた。何てこともない古ぼけた革の表紙の本。しかしその本から決して目を離すことのできない俺がそこにいた。




 目が覚めると目の前に一人の少女がいた。白い粗末なワンピース。それ以外は何も身に着けていない。伏し目がちな、大人しい少女。


 少女は水瓶から白い布を取り出し、それを絞って立ち上がる。今の俺が少女に世話をされなければ生きてはいけない無様な状態であることを俺自身に思い知らせ、俺の神経を逆なでするために。


 だから俺は蹴り上げた。余計なものどころか必要なものまで一切付いていない、少女の痩せたあまりにも細い体。そのみぞおちを、一思いに。

 少女は信じられないほどあっさりと後ろに吹っ飛んだ。そのまま冷たい床の上に崩れ落ちる。その間少女は一切声を上げなかった。

 少女は動かない。死んだかと思った。しかしそう頭によぎった瞬間、少女はゆっくりと起き上った。驚くべきことにと言うべきかやはりと言うべきか、その表情は全く動かない。少女は白い布を握り直して立ち上がると、再び俺の元へと近づいて儀式を再開した。

 二発目を、と考えもしたが、少女のあまりの冷静さに呆気に取られたのと、二発目をくれてやったところでどうせ結果は同じであることを悟ったのとでやめにした。だが募る苛立ちはとどまることを知らない。


 少女の差し出す木の匙。俺はしぶしぶといったように口を開けてやる。当然そこにポリッジが流し込まれる。少女は次の一掬いを用意している。今だ。俺はそのとりすました顔に向かって、口に含んだポリッジを吐きかけた。

 少女の顔や髪にかかり、垂れ落ちるポリッジ。それとは対照的に少女の顔は一切動かない。顔や髪から垂れるそれを拭おうともせずに、少女は深皿の中身を俺の口に運ぶ儀式を続けた。

 この反抗も、初めから無駄だと分かっていた。だがそうせずにはいられなかった。そしてそれでも俺の苛立ちは行き場の無いまま、うろうろと彷徨っている。


「あれが俺の過去だ」

 少女に向かって、挑むような口調で俺は言った。


 伏し目がちな、大人しい少女。身に纏うのは白い粗末なワンピース。少女は〝やはり〟何も答えない。そのまま少女は盆を持って俺の前から立ち去った。俺はその後、再び眠りについた。

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