四度目の目覚め


 その日、俺は夢を見た。


 切り立った崖の底。左右を黄土色の岩壁に囲まれた一本道。大地にできた巨大な裂け目を、俺は一人で歩いていた。

 辺りを眺める。どこを見ても視界の全てはくすんだ黄土色に支配される。その他に目に映る色と言ったら、頭上遥か高くにナイフで切り裂いた程度にしか見えない空の青と、どうにか岩壁にしがみついて生えている申し訳程度の草木の緑だけだ。

 お世辞にも美しいとは言えない景色。決して豊かではない場所。だが俺はこの地を踏みしめて己の心が安らぐのを感じた。乾いた空気を鼻から吸い込む。一挙手一投足に舞い上がる砂塵。それを喉の奥で感じる。不思議と不快には思わなかった。


 岩壁に歩み寄り、その肌に触れる。そこに走る幾筋もの横縞。かつてこの谷に荒々しくも清い奔流が流れていた唯一の証拠だ。今となっては水など一滴残らず干上がってしまっているので、谷の成り立ちを知らない者にここに水があったのだと言っても信じてはもらえないだろうが……。

 再び歩みを進める。しばらくして、砂煙の向こう側で何かが道を塞いでいるのがぼんやりと見えた。立ち止まって目を凝らす。それは、石造りの堅固な砦だった。




 目が覚めると目の前に一人の少女がいた。白い粗末なワンピース。それ以外は何も身に着けていない。伏し目がちな、小柄な少女。


 俺は妙な苛立ちを覚えていた。それはおそらく、昨日覚えたのと同じ疼きが頭にあるからだろう。それを思い切り掻きむしりたいのに、俺の手は文字通り自由にならない。

 少女は抱えていた水瓶を脇に置き、俺の体を拭きはじめた。恭しくとも言えるほど馬鹿丁寧に。その様子を見て俺はふいに苛立ちを覚えた。何故俺はこんな少女などに、まるで赤ん坊か病人かのように扱われなければならないのだ。

 俺の苛立ちを知ってか知らずか、少女は丁寧に、しかし淡々と儀式を続ける。

 俺の口に麦の粥が乗った匙が押し込まれた。その時俺は確かに〝押し込まれた〟と感じた。俺は決してこんなものを自ら好き好んで食べたりはしない。口の中にぬちゃりと広がるオーツ麦の味。俺はこの味が嫌いだ。


 ああ、頭が疼く、疼く。疼きは俺の苛立ちと共に募っていくようだった。

 もう一度あの穏やかな気分に浸りたい。俺はつい先ほど見た夢のことを思い出した。あの夢の中だけだ。頭に靄がかかったような気などすることなく、安らいだ気持ちになれるのは。


「あれは俺の記憶か」

 盆を下げかける少女に向かって俺は問うた。もう自分の中でほぼ明らかになっていることを。以前少女に投げかけた声よりずっと尖った声で。


 伏し目がちな、小柄な少女。身に纏うのは白い粗末なワンピース。少女は〝やはり〟何も答えない。そのまま少女は盆を持って俺の前から立ち去った。俺はその後、再び眠りについた。

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