三度目の目覚め
目が覚めると目の前に一人の少女がいた。白い粗末なワンピース。それ以外は何も身に着けていない。伏し目がちな、色白の少女。
少女は〝やはり〟湯気の立つ水瓶を持ち〝やはり〟俺の体を丁寧に拭いて〝やはり〟ポリッジを俺の腹に流し込む。その間一切口を利かず、表情を変えず、俺の目を見ず、黙々と。まるでこの儀式をするためだけに生まれてきたかのように。
寝起きのせいか頭がぼうっとしている。頭の中に靄がかかっているようだ。半ば無意識に口を開き、少女がそこにポリッジを掬った匙を差し入れるままに任せながら、ぼんやりと取りとめのないことを考えた。
俺は一体どのくらいの間眠っているのだろうか。この部屋の明るさはいつも変わらない。ここには昼も夜もないように錯覚してしまう。
……いや、それは本当に錯覚なのだろうか?
そう思った瞬間、俺の脳内でなにかがあるいは俺の脳内のどこかが疼いた。俺は首を横に振る。……傍からすればそれはむずかる赤ん坊のように見えたかもしれない。
唇に硬い感触を覚えた。それは少女が俺に差し出した水の入った木の深皿。そのことに気づくか気づかないかのうちに、俺はその水を口に含んでいた。まるで赤子が母親の乳を探り当て、無心でそれを口に含むように。脳内の疼きはいつのまにか止んでいた。俺は口に含んだ水を差し出された皿に吐き出す。その一連の動作はほとんど無意識だった。
少女が盆を持って立ち上がる。その時俺は口を開いた。この行動に対してだけは〝やはり〟と思うことはなかった。途端にまた頭が疼きだす。それを無視し、俺は言葉を紡いだ。否、言葉が俺の口から飛び出していった。俺の頭が疼くのをまるきり無視して。
「お前で、何人目だ」
その言葉を聞いた瞬間、少女の表情が初めて動いた。ほんの少し、透き通るような小さな羽虫が刹那の間に震わせる羽の動きほどわずかに、少女の形の良い眉が上がる。たったそれだけの、信じられないほど大きな変化。初めて見た少女の表情。
だが、少女の見せたその驚き以上に俺の方が驚いていた。少女の変化に対して驚いたのは事実だが、それ以上に、何故そんな言葉が自分から発せられたのか、そのこと自体に大きく驚きを覚えた。
〝お前で、何人目だ〟? 他にもこのように俺という罪人の世話をしていた少女がいたのだろうか。この単調で空しい儀式は、今俺の目の前にいるこの少女の手以外によっても繰り返されていたのだろうか。
考える取っ掛かりができた。頭が疼きはするが、それと同時に、頭の中の靄が少し晴れたような気もした。このまま何かを思い出せそうな気がする。
何かを……。
俺が逡巡している間に、少女はいつの間にか、初めから何事もなかったかのように全くの平たい表情に戻っていた。そしてその平たい表情で盆を持ち上げる。
伏し目がちな、色白の少女。身に纏うのは白い粗末なワンピース。少女は〝やはり〟何も答えない。そのまま少女は盆を持って俺の前から立ち去った。俺はその後、再び眠りについた。
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