雨上がり
PROJECT:DATE 公式
昨日と違った今日になる
3月らしい。
2024年もすでに6分の1が
終わってしまった。
実感の湧かないままスマホを手に取る。
陽奈「…。」
ああ。
今日は3年生の卒業式だ。
それをわかっていながらも、
ベッドの上から起き上がれずにいた。
2年生は3年生を送る係として
登校しなければならない。
もうそろそろ起きないと
準備も間に合わなくなる。
それなのに、体が起きようとしてくれなかった。
それはきっと
昨日のことが足を引っ張り続けているから。
突然のことだった。
結華ちゃんと悠里ちゃんは
引っ越したと聞いたのだ。
誰から聞いたのだっけ。
覚えていないけれど、
その事実だけが頭に残っている。
どこに移り住んだかもわからない。
今どこで呼吸をしているのかも
知り得ないのだ。
アカウントも消えてしまった。
連絡先も交換していなかったから
彼女たちの足跡を
追うことすらできなくなっている。
今でも健やかに過ごしていることを
願うしかないのだった。
その時。
とたとたとた、と
階段を駆け上がる音がしては
ノックすることもなく扉が開かれる。
お母さん「起きて。今日登校日でしょ?」
陽奈「…。」
目を擦って眠たいふりをする。
このまま休んでしまいたかったけれど、
澪ちゃんや寧々さんの
卒業式なのだ。
未来に進む彼女たちの姿を見送らなければ。
その一心で鉛のような体を起こす。
すると「もう朝ごはんできてるからね」と
ひと言残してお母さんは
階段を駆け降りていった。
開店準備も相まって忙しいのだろう。
陽奈「…。」
1人。
布団から這い出た。
***
学校の中ではさすが卒業式と言ったところか、
あちらこちらで写真を撮っている人がいた。
同級生で撮っている人もいれば
先輩後輩で、将又先生と撮っている人もいる。
人それぞれ思い出の場所も違う。
卒業式開始までは
皆自由に過ごしているのが窺えた。
ふらりと音楽棟に寄ってみる。
合唱部の先輩もちらほらいたが、
私に気づく人はいないようで
そのまま歩き去った。
その方がよかった。
変に気を遣われて
気まずい雰囲気になっても、
せっかくの卒業式なのにと
申し訳ない気持ちで
いっぱいになってしまうから。
軽音楽部や吹奏楽部、
それぞれの部活がいつも
活動していた教室の前を通る。
吹奏楽部の前では、
先輩らしき人が泣きながら
写真を撮っているのが見えた。
陽奈「…。」
引っ越していなければ、
あの場所に結華ちゃんと悠里ちゃんも
混ざって笑顔で
写真を撮っていたことだろう。
また教室の方に戻ってくると、
不意に見覚えのある背中を見つけた。
こんな偶然があるんだ!と
心が踊るままに
その背中を追って肩を優しく叩く。
「ん?」と言いながら
相変わらず綺麗に巻いたその髪を靡かせ
緩やかにこちらへと振り向いた。
澪「あ、陽奈やん。」
寧々「お久しぶりです!」
寧々さんは2つ結びの印象があったのだけれど
卒業式だからかハーフアップにして
綺麗にまとめられている。
胸にはコサージュが飾られていた。
澪「元気にしよった?」
陽奈「…!」
澪「あはは、そりゃあよかった。」
寧々「もう卒業ですって。信じられない。」
澪「な。3年間あっという間やった。」
寧々「本当に。」
2人は仲良さげに話していて、
ふと疑問が湧いた。
2人は確か喧嘩をしていなかっただろうか。
喧嘩…というより、
4月時点では犬猿の仲のように
映っていた記憶がある。
あまりの困惑具合に
首を傾げていると、
「ああ、そっか」と澪ちゃんが言う。
澪「うちら色々あって和解したんよ。」
陽奈「…!」
寧々「だから落ち着きがなかったんですね…確かに、側から見ればびっくりでしょう。」
澪「そうやろうな。…今年はほんまに色々あったな。」
陽奈「…。」
寧々「ええ、そうですね。春なんて願いの叶う腕に翻弄されましたし。」
澪「猿の手な。」
寧々「そう、それです。」
澪「夏は悠里が事故に遭ってしまったり…何言っとるかわからんやろうけど2年前のうちがこっちにタイムリープしてきたり。あ、それからトンネル先にも行ったやんな。」
陽奈「…!」
寧々「それが秋くらいでしたっけ。そしたらもう冬…透明事件と、あと…。」
澪「国方と結華の異端長旅やな。」
寧々「まとめると淡々としてますけど、結構しんどい1年でしたよね。」
澪「よう受験したわ。」
寧々「本当に。」
2人は特にこの1年を噛み締めているようで
小さく頷きながら話し合っていた。
その話を聞きながらスマホを取りだし、
伝えたいことを書き入れてそっと見せる。
陽奈『受験お疲れ様です。卒業おめでとう。』
寧々「ふふ、ありがとうございます。」
澪「ありがと。とはいえうちはまだ結果でとらんしわからんけど。」
陽奈「…!」
澪「そんな顔せんと大丈夫。滑り止めはあるけん、大学生にはなれるとよ。」
澪ちゃんは子供を宥めるように
困ったように笑った。
そんなに心配しなくても、と
言っているようで、
安心して目を細める。
1歳年上というだけだろうけれど、
こんなにも大人に見えるのかと感心する。
来年、私がその立場になる。
いまだに想像がつかないままだった。
酷く忙しい1年を終えて、
何かするわけでもないけど
何故かみんなの顔が見たかった。
みんな揃って、少しでいい。
一緒の時間を過ごしたかった。
陽奈『もし時間があれば、卒業式の後集まりませんか。』
寧々「いいですね!他のみんなも呼んじゃいましょう…とはいえ、あとは国方さんだけですか。」
澪「やね。あの姉妹、何も言わずに引っ越すっちゃけん。」
寧々「最後に顔くらい見たかったです。」
ああ、そうか。
2人も知っているんだ、と
漠然と思う。
どうやら私たちの中では
周知の事実のようだった。
その場で澪ちゃんが茉莉ちゃんに
電話をかけているのが視界に入る。
茉莉ちゃんの高校でも今日が卒業式のようで、
1年生は休みなものだから
ちょうど暇してた、という。
自然とそのまま集まることが決まった。
せっかくなら、と
茉莉ちゃんが私たちの高校まで
足を運んでくれるらしい。
制服じゃない人も大勢いるもので、
私服で来てもバレないだろうなんて
みんなして言って笑った。
もっと別の機会に
みんなで集まった場所があれば、
そこになっていたかもしれない。
やがて時間はやってきて
皆それぞれ散っていく。
澪ちゃんと寧々さんに向けて
小さくだけれど手を振った。
あとは式でその後ろ姿を見送るだけだ。
陽奈「……。」
ふと。
自分の教室に戻る間際、
そういえばと思い
屋上に続く階段を駆け上がった。
もう時間がないというのに
一体何をしているのだろう。
つい先日、たまたまそばを通りかかった
女子学生たちの話を聞いてしまったのだが、
屋上へ続く扉の鍵が壊れてしまい
誰でも入れる状態になったらしい。
もしかしたら屋上で
写真を撮っている人もいるのかも。
もしそうだとして、
邪魔してはいけないと思いつつ
好奇心のままにその冷たくなった取手に触れる。
そして。
陽奈「…。」
がこん。
その扉は当然のように開くことはなかった。
どうやらただの噂だったようだ。
拍子抜けして、ひとつ息を溢してから
自分の教室へと戻って行った。
廊下を歩む。
1人で歩む。
桜はまだまだ咲いていないけれど、
冬は終わり、やがて春に酔いしれる。
思えば、全ての始まりは春だった。
4月、Twitterがおかしくなって、
レクリエーションを行った。
世界線を行き来して、
結局茉莉ちゃんと寧々さんは
全くの別人となってしまい、
雨鯨も解散した。
5月、さっきの話を聞くに
寧々さんがどうやら猿腕とやらが関与して
大変な目に遭っていたらしい。
6月にだんだんと声が出なくなり、
山の奥、海と空の境目のような場所まで
たどり着いてしまったというのに
勇気が出なかったのだっけ。
公衆電話を手に取ることができなかった。
声を失ってしまった。
7月、悠里ちゃんが事故に遭ってしまい、
記憶喪失になってしまった。
皆に衝撃が走ったのを
今でも覚えている。
8月頃だろうか。
過去の澪ちゃんがタイムリープして
現代に来ていたらしい。
そこでも何かしら
大きな壁があったのだろう。
9月、茉莉ちゃんと澪ちゃんと私で
トンネルの先に向かった。
夢を見た、幸せな夢を。
それらを全て捨ててここに立っている。
10月、思えば平穏な月だったろう。
何事もないままに
11月に差し掛かる。
冬から澪ちゃんが透明になっていってしまい、
12月、それを寧々さんが救ったのだろう。
この頃のTwitterはいまだによく覚えている。
当時は本気で澪ちゃんのことを忘れていたのだ。
今となっては不思議でしかない。
そして年を越して1月。
茉莉ちゃんが友達を、お母さんを
探しているのだと言い、
2月になって、
見つけたとネットで報告していた。
その後個人的にも連絡をくれたり、
押し花の方法を聞いてくれたりと
彼女から信頼してもらっていることが
嬉しかった記憶がある。
皆それぞれ、物語があった。
私の知らないところで
命に関わるような出来事だって
あったかもしれない。
知らぬ間に雨だって降っていたろう。
今日だってほら。
陽奈「…。」
晴れているにもかかわらず
今にも泣き出しそうな空を
しているように見える。
***
放課後になって、私服姿の茉莉ちゃんが
高校まで足を運んでくれた。
卒業生らしい2人の姿を前に
「本当に卒業しちゃうんだ」と
寂しそうに言っていた。
茉莉「あっという間?」
澪「信じられんくらいな。JKは貴重って当事者からしたら意味わからんかったけど、今ならわかるわ。」
茉莉「わ、そういうもんなんだ。」
寧々「青春するんですよ。」
茉莉「げえ、今からいけるかなあ。」
陽奈「…。」
寧々「ふふ、願えば何とやらです。」
茉莉「そっかぁ。…2人とも、大学に行っても頑張ってね。また時間見つけてこうして話すだけでもいいから会おうね。」
陽奈「…!」
澪「あはは、そんな強く頷かんでも。うちもそのつもりや。」
寧々「もし澪が本命の大学に受かったら北陸の方に行っちゃうので、頻繁には難しいかもしれませんが…。」
茉莉「そうなんだ。寂しくなるね。」
澪「別に死ぬわけじゃないっちゃけん。それに姉がこっちにおるから全然帰ってくるけんが、うちはそんな寂しくないとよ。」
茉莉「なーんだ、それ聞いたら安心した。」
あはは、と。
そして「また会おうね」と。
それから「卒業おめでとう」が
何度も行き来する。
ああ、この光景っていいな、と
ふと思った。
1年間色々あったけど、
こうしてみんなで集まれて
和気藹々と話すことができている。
澪ちゃんと寧々さんの仲が悪く、
私のことを「誰」と言った
茉莉ちゃんだった
あの4月からは想像もできなかった。
…悠里ちゃんと結華ちゃんが
この場にいないのは寂しいけれど、
みんなその話題を
避けているようにも見えて
口をきゅっと噤む。
この光景を、幸せの権化のような景色を
写真に収めようかと思い
カメラを構える。
みんなの笑顔が映るようにー
…と、そこで何故だろうか。
手を下ろしてしまった。
スマホを構える手を下ろし、
そっとその画面を消した。
写真を撮らなかった。
撮れなかった。
撮らない方がいいと思った。
わけもなく物悲しくなったのだ。
それに気づいた茉莉ちゃんが
とことことこちらによっては
隣に立っていた。
澪ちゃんと寧々さんは
どうやらクラスの人と
もう少し写真を撮ってくるらしい。
茉莉「写真、撮らないの?」
陽奈「…。」
茉莉「まあ、目に焼き付ける方がいいって気分の時もあるよね。」
「わかるー」と本当にわかっているのか
わからないくらいに
気の抜けた声でそう言った。
悠里ちゃんも結華ちゃんもいて
みんな揃って
海にでも行こうかなんてはしゃいで。
そしたら昨日と違った今日になっていただろう。
希望に満ち溢れている日、卒業式。
心も空も晴れているはずなのに
苦いものばかり募ってしまう。
そんな昨日と違った今日になった。
どれだけ泣いていたくとも
望んでいなくなって
いつか雨は上がってしまうのだ。
今日が曇りだった仮定の空を見る。
すっ、と日脚が差し込んだような気がした。
PROJECT:After rain 終
雨上がり PROJECT:DATE 公式 @PROJECTDATE2021
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