第64話 観雫はわからない
お風呂から上がって服を着た俺は、観雫が俺たちのことを待っているであろうリビングへ向かった。
「……」
リビングに到着すると、ソファの上で顔を俯けている観雫の姿があった。
顔を俯けているためその表情完璧に見ることはできないが、その表情の一部や観雫の雰囲気から見て、暗い気持ちになっていることは間違いない。
俺は観雫の方へ向けて歩き出すも、観雫は全く俺に気付く気配すら無かった。
当然、俺には観雫の気付かれずに歩く理由など無いため、これは俺が意図的にしていることではなく、観雫の精神状態によって引き起こされていることだ。
観雫の前にやって来た俺は、それでも俺に気付かず顔を俯けている観雫に話しかける。
「……観雫」
「え……!?」
声を掛けたことでようやく俺の存在に気が付いたのか、顔を上げた観雫は俺のことを見て驚いた表情をしていた────そして、その両目からは涙が流れていた。
「っ……!」
咄嗟に顔を上げて俺に顔を見られてしまったことに動揺した様子の観雫は、すぐに自分の目元を拭った。
そして、少し動揺したような声音で言う。
「これは、違うから、気にしなくて良いから……そ、それより、もうお風呂上がったの?時計見てなかったから、全然時間経ったことに気づかなかったよ」
「時間はそれほど経ってない、観雫がお風呂から上がって十分ぐらいだ」
「そうなんだ……せっかく二人にしてあげたんだから、もっと二人でその時間を楽しめば良かったのに……あの後二人で何かしたの?ボディタッチとか、キスとか……」
「抱きしめ合いはした」
そう言った後、観雫は困惑した様子で言った。
「……それだけ?」
俺と結深のことをお風呂で二人きりにする以上、それ以上のことが起きることも頭に入れていたのか、そう聞いてきた観雫に俺は頷いて言う。
「それだけだ、ついでに言うと結深はまだお風呂に浸かってる」
「え……?じゃあ、一入が一人でお風呂上がったの?」
「そうだ」
それを聞いた観雫は、一瞬目を見開いたが、その次の瞬間すぐに表情を暗くして言う。
「どうして上がってきたの?せっかく私が一入のこと諦めたのに……」
「あんな悲しそうな顔をした観雫のことを、一人で放っておけるわけないだろ?それに、今だって涙を────」
「違うから!それに……結深ちゃんのこと一人にしちゃったら、私が一入のこと諦めた意味が無くなっちゃうよ、だから一入は今すぐ結深ちゃんのところに戻って……そうすれば私と結深ちゃんはこれ以上喧嘩することもなく、三人で楽しく過ごしていけるんだから」
俺に結深の居るお風呂に戻るように言ってくる観雫だったが、俺は即答する。
「それはできない」
すると、観雫は怒りを込めた声音で言った。
「っ……!いい加減にしてよ!私がどれだけ強い決意で一入のこと諦めたと思ってるの!?いいから、一入は結深ちゃんのためにも早く結深ちゃんのところに────」
「これは俺の意思であると同時に、結深からお願いされたことでもあるんだ」
俺がそう伝えると、観雫は少し間を空けてから冷静になった様子で聞き返してきた。
「……結深ちゃんが?」
「あぁ、結深が観雫のことをお願いって言ってきたんだ、それは俺にしかできないことだからって」
「っ……!」
それを聞いた観雫は、目から涙を流し始めた。
そして、涙声になりながら、俺の体にしがみつくようにしながら言う。
「ねぇ、教えて一入……私、どうすればいいの?一入のことが好きで、結深ちゃんのことも妹みたいな感じだと思えてきて好きになって、でも結深ちゃんと仲良くするためには一入のことを諦めないといけなくて……今また、二人の優しさに触れて、二人のことがもっと好きになって、でもそんな二人と仲良く過ごしていくためには一入のことを諦めないといけなくて……わからないよ……私はどうしたら、二人と楽しく過ごしていけるの?」
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