第59話 義妹と観雫は妥協する

「まずは、私がお兄ちゃんの背中流すから、観雫さんは大人しく見てててね!ううん、見なくて良いから目閉じててね!」

「何言ってるの結深ちゃん、私が先に一入の背中流すから、結深ちゃんの方がおとなしく目閉じて良い子にしてくれないと困るよ」

「お兄ちゃんの背中の洗い方は、ずっとお兄ちゃんの妹をしてきた私がよく知ってるの!」

「妹だからとか関係ないでしょ?」


 お風呂に入って早速、二人は言い合いを始めた。

 俺の好きなところを話し合っているときはあんなに楽しそうに話していたのに、相容れない部分が少しでも出ればすぐに言い合いになってしまうようだ。

 だが、今回に限ってそれは俺にとって好都合。

 当然だが、そもそも俺は自分の背中は自分で洗うことができるため、二人が言い合いをしている間に自分で背中を洗ってしまおう。

 そう決めた俺は、ボディソープに手を伸ばそうとした────が。


「えっ……!?」


 その手首を、結深と観雫の二人に掴まれてしまった。


「何してるのお兄ちゃん、お兄ちゃんの背中は私が洗ってあげるんだから、お兄ちゃんが今ボディソープに手を伸ばす必要なんてないよね?」

「そうだよ一入、私が一入の背中洗ってあげるから、一入はボディソープなんて触らずにただそこで座ってたら良いの」


 本当に、何度でも言うが息の合うタイミングが俺にとって最悪なタイミングばかりだ。

 でも、俺だって言われっぱなしで居るわけにはいかないため、しっかりと反論する。


「そうは言っても、このままだと暑さでのぼせるなんてこともあるかもしれない」

「……」

「……」


 俺がそう伝えると、二人は真剣な顔つきで黙り込んだ。

 俺の言ったことが伝わってくれたのかもしれない────と思ったのも束の間、二人は真剣な表情で言った。


「……結深ちゃん、こうなったらもう妥協案を取るしかないよ」

「え〜!でも……はぁ、わかったよ」

「妥協案って、一体何のことだ?」


 同じお風呂場で、しかも俺の真後ろで言い合いをしていた結深と観雫の会話はすべて聞こえていたが、妥協案の話なんて一度もしていなかったはず……なのにも関わらず、二人は何故か通じ合ったようにそう話し合っていたため俺がその疑問を口にすると、二人はそれぞれボディソープを手に取って言った。


「私が右半分!」

「じゃあ、私が左半分だね」


 そう言うと────二人は、それぞれ俺の背中を洗い始めた。


「ふ、二人で同時に!?」


 予想外のことに驚いた俺だったが、結深と観雫は口を開いて言う。


「どう?お兄ちゃん、私と観雫さん、どっちの方が背中流すの上手?私だよね?」

「何言ってるの結深ちゃん、私の方が上手に決まってるよ……ねぇ、一入?」

「え?えっと……そうだな、二人とも同じぐらい上手だ」


 こう答えておくことで、どちらからの反感も買うことがないため、俺は無難にそう答えた────が。

 俺のそんな考えは、とても見通しの甘いものだった。


「何それ、ちゃんとどっちが上手なのかハッキリさせてよ」

「うん、どっちなのかちゃんと答えてくれないとスッキリしないよね」

「っ……」


 本当に、こんなところばっかり息が合うな……こうなったら。


「背中を流すことに誠意を持って向き合ってくれているという意味では結深の方が良いが、優しくて心地良いという意味では観雫の方が良い」


 俺がそう答えると、結深は頬を赤く染めて言った。


「へ、へぇ……まぁ、それなら?」


 そして、続けて観雫も頬を赤く染めながら言う。


「あり、だよね……うん、あり、かな……」


 どうやら二人はこれで納得してくれたらしい。

 ……あとは、このあとお風呂に浸かるのをどう乗り切るか────と思った時、二人は同時に言った。


「お兄ちゃん!次は私の背中流して!」

「一入、次は私の背中流してくれる?」

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