第51話 義妹は機嫌が良い

 観雫と抱きしめ終え、ブレザーを着て観雫の家の玄関で靴を履いた俺に、観雫は言う。


「ねぇ、前私が一入のことを抱きしめたときは、香りでバレちゃったんだよね?」

「あぁ……よくそんなのでわかるなって感じだが」

「私も時々わかることあるよ、それにあの時は結深ちゃんも言ってた通り私の香りを染み込ませる感じで抱きしめたからね」

「え……?どうしてそんなことをしたんだ?」


 俺がそう聞くと、観雫は頬を赤く染めて俺から視線を逸らしながら言った。


「私の香りが、少しでも一入に長く残って欲しいなって思ったの」

「……そうか」


 俺が聞いたことだが、そう答えられると少し照れてしまいそうになるな。

 そして、観雫は落ち着いた声音で続ける。


「前回は私が一入のこと抱きしめたこと結深ちゃんにバレちゃったけど、今回はお風呂上がりで香りも全然違うと思うから大丈夫」

「そうだな、また月曜日学校で会おう」


 そう伝えて俺がドアノブに手を掛けたとき、後ろから観雫が話しかけてきた。


「待って、一入」


 そう名前を呼ばれた俺が観雫の方に振り返ると、観雫は頬を赤く染めて言った。


「今日一緒に過ごして、強く思ったよ……私はやっぱり、本当に一入のことが大好き────そ、それだけ!もう帰っていいから!」

「随分と雑な告白だな」

「い、いいから、早く帰って!」


 そう言うと、俺は観雫に半ば追い出される形で観雫の家を後にした。

 今日俺と一緒に過ごして、観雫は俺のことが好きだと強く思ったと言う……それなら、俺はどう思ったんだ?

 観雫と今日一緒に過ごして、どう感じたんだ?

 観雫と一緒に過ごせて楽しいとか、一緒にお風呂に浸かれて嬉しいとか……果たして、それだけなんだろうか。

 観雫と抱きしめ合った時のあの感覚、あの感情は……


「……」


 今はまだ答えを出せないが、次に観雫と会う休日を挟んだ次の月曜日、その時には何か答えが見えているんだろうか。

 その後、俺はあの時の不思議な感情を思い出しながら帰路へと着いて家に帰った。

 そして、家に帰るといつも通り結深が俺のことを出迎えてくれた。


「おかえり!お兄ちゃん!」

「ただいま、結深」


 俺がそう言うと、結深は俺に抱きついてきながら言った。


「……お兄ちゃんから良い香りがするような気がするんだけど、気のせい?」

「き、気のせいじゃないか?」

「……ふ〜ん」


 俺と観雫が抱きしめ合ったのはお風呂に上がった直後で、あの時はあくまでも観雫と一緒にお風呂に入ることが目的だったから石鹸とかも使っていない……よって、おそらくそこまで香りとかは無いはずだし、あったとしても帰路を歩いているときにほとんど香らなくなっているはず。

 結深は俺から離れると、頬を膨らませて言った。


「香りの方はひとまず置いておくとしても、もう18時半だよ!」

「そ、それは、悪い……」

「どうせまた観雫さんとでしょ!いつもだったら怒ってるところだけど────今日は機嫌が良いから許してあげる!」

「……機嫌が良い?どうしてだ?」


 俺が観雫とこの時間まで過ごしていたことをわかっていても機嫌が良いなんて……一体どんなことなんだろうか。

 俺が全く予想できないでいると、結深が言った。


「明日と明後日の二日間、旅行に行けることになったの!」


 突然のこと過ぎて予想できるはずもない答えだったが、滅多に行けることのない旅行に行けるとなれば機嫌が良くなるのも頷ける。


「どうして旅行に行けることになったんだ?」

「友達が旅行のチケットをもらう機会があったらしいんだけど、枚数余ったからって私に二枚くれたの!」

「そうか……じゃあそのチケットを使って、結深はこの休みは旅行に行くのか」

「何言ってるのお兄ちゃん!私とお兄ちゃん、二人で旅行に行くんだよ?」

「────え?」


 その言葉に俺は困惑を隠せなかったが────翌日、荷物をまとめて持った俺と結深は、旅行チケットを手に持って宿泊先となる旅館へ向かった。

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