第50話 観雫と抱きしめ合う
お風呂から上がった俺と観雫は、制服のブレザーだけを着ずに二人で観雫の家のリビングにあるソファに座っていた。
お風呂に浸かっていた時からそれなりに時間が経ったが────
「私も、すごくドキドキしてるから」
と言ったときの観雫の表情が、頭から離れない。
「一入?どうかしたの?」
「み、観雫!?な、なんだ?」
隣に座っている観雫が、俺の顔を覗き込むようにしながら話しかけてきて、俺はさっきのことを思い出していたところだったから少し慌ててそう返した。
すると、観雫が眉を顰めながら言った。
「一入が落ち着かない感じだったからちょっと話しかけてみただけなのに、どうしてそんなに驚いてるの?」
……確かに、観雫から見れば俺の今のリアクションは間違いなく理解不能なものだろう。
そうだ、俺もここはひとまず落ち着くことに専念しよう。
「……なんでもない」
そう言った俺だったが、観雫が俺に身を寄せてきて言う。
「なんでも無いことないでしょ」
「ほ、本当になんでもないんだ」
「へぇ……私はてっきり、タオル巻いた私の体とか思い出してたのかなって思ったんだけど」
「ち、違う!そういうのじゃ────」
「そういうのじゃない、ってことは他に何か考えてたってことだよね?」
「っ……!」
観雫は、俺の目を真っ直ぐ見ながらそう言ってきた。
……やっぱり、観雫に隠し事なんてとてもじゃないができそうにないな。
俺は、さっきのことを思い出しながら言う。
「観雫がさっき、ドキドキしてるって言ってた時、俺のことを好きでこんなにも心を動かしてくれてる存在が居るんだってことを、今まで以上に実感できた気がして……不思議な感覚っていうか、嬉しかったんだ」
俺の思っていることをそのまま伝えると────観雫は、俺のことを抱きしめて言った。
「何回も言ってるじゃん、私は本気で一入のことが好きだって」
「そう、だな……今更、だよな」
「うん、今更だよ……だけど────」
観雫は、俺のことを抱きしめる力を強めて優しい声で言った。
「私の気持ちが、また少しでも一入に届いたなら、それは本当に嬉しいよ……」
「観雫……」
その後、しばらく観雫は俺のことを抱きしめると、俺のことを抱きしめるのをやめて、時計を見ながら言った。
「もう18時みたい……一入、そろそろ帰る?」
「そうだな……あまり遅くまで出掛けると、結深にまた変な予測をされかねない」
「そう……だよね、うん、そうだよね……」
観雫はその後、口から漏れ出てしまったような小さな声で言った。
「……帰したくない」
「……え?」
観雫は、自分の発言に驚いたように、首を横に振って明るい声音────だが、震えている声で言った。
「ご、ごめん、今のは違うから……家に帰らないといけないのは当たり前だし、私は今一入の友達……だから、結深ちゃんみたいに家でも一入とずっと一緒に居られるはずないもんね、えっと、だから……ご、ごめん、本当に違うから、気にしないで帰って」
そう言うと、観雫は微笑んだ────が、それは俺から見てもわかるほどに、悲しさを取り繕った笑顔だった。
あんなに慌てた様子の観雫は、初めて見る……それだけ観雫は、俺のことを……」
「……」
このまま帰るべき……帰るべきなのはわかっている────だが。
俺はそんな観雫のことを見て、考えるよりも前に体が動いてしまっていた。
「っ……!い、一入……!?」
────俺は、観雫のことを抱きしめてしまっていた。
「……悪い、観雫」
「ど、どうして一入が謝るの?」
「告白の返事もしてないのに、こんなことをするなんて最低以外の何者でもない……でも、俺は観雫のことを大事に思ってるから、今の悲しそうな観雫を無視して帰ることなんてできない」
俺がそう言うと、観雫は俺のことを強く抱きしめて、涙声で言った。
「一入は、最低なんかじゃないよ、優しいからこうしてくれてるの……私はそんな一入のことが、大好きなの」
「観雫……」
「……ねぇ、もう少しだけ、こうしててくれない?」
「……わかった」
「……ありがとう、一入」
その後、俺と観雫はしばらくの間抱きしめ合った。
観雫と抱きしめ合うと、まるで観雫の気持ちが直接俺に流れ込んでくるような感覚になって、俺は────今まで抱いたことのない、不思議な感情を抱いた。
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