第47話─修業中完遂!

 ウォルニコフたちをあっさり全滅させ、ユウの精神世界へと帰還したグランザーム。そこから現実の時間にして数千年分の時を費やし、鍛錬が続く。


『むうう、ぜぇ……はあ……く、くるし……』


「空気が薄い状態での鍛錬は、現実の世界ではそうそう出来るものではない。死の危険もあるからな。だからこそ、この精神世界で存分に行えるわけだ」


『な、なるほ……う、うぷっ』


 時には、高山地帯と同レベルに空気が薄くなった環境下での訓練を行い。またある時には、極限環境への適応能力を身に付けるため魔法で再現された灼熱・極寒・汚染物質だらけのフィールドに放り込まれ。


 現実の世界で行えばまず死ぬ、というスパルタを超えた苛烈な修行を経てユウのフィジカルはメキメキと成長していった。魔神の特性により見た目こそ変わらないが、内に秘める力は……。


「では、これが最後の試練だユウ。余の魔力を注ぎ強化したオリハルコンの塊を、打撃一発で真っ二つに割ってみせよ。失敗したら、一万年分の鍛錬を追加だ」


『分かりました。最後の試練、一発で合格してみせます!』


 大山の如くそびえ立つオリハルコンの巨塊の前に立ち、目を閉じて精神を研ぎ澄ませるユウ。少しして、深く腰を落として真っ直ぐに右腕を突き出した。


 グランザームとの鍛錬によって培われた膂力の全てを乗せた正拳突きがオリハルコンの塊に叩き込まれ、耳をつんざく轟音が精神世界に鳴り響く。


 拳を打ち込んだ直後は、何も起こらなかった。だが、表面に現れない決定的な綻びをグランザームは見逃さなかった。数十秒後、内側から表面へ達した亀裂によりオリハルコンの塊は粉々に砕け散った。


「……素晴らしい。流石リオの子だ。余の想像以上の力を身に付けたな、これだけの力があれば何者にも膂力で劣らぬだろう」


『ふう、ふう……。ありがとうございます、グランザームさん。ボクを鍛えてくれて。本当に、見違えるほど強くなれました!』


「ああ、だがまだ力の極みという山のいただきにはほど遠い。今の貴公でまだ三合目といったところだ。頂上にいるリオは、貴公よりも遙かに強い。そこに至れるように日々の精進を怠るな、ユウ」


『はい! 肝に銘じておきます!』


 オリハルコンの塊を消し去った後、グランザームは喜ぶユウにそう告げる。ユウも力強く頷き、鍛錬を続けることをかつての魔戒王に約束した。


「いい返事だ。これで余は、己の仕事をやり遂げることが出来た。さあ、貴公も現実の世界に帰還するとよい。守護の氷塊は余が解いておく、身に付けた力を用い脱出するのだ!」


『ええ、やってやりますよ! 鎮魂の園で見ていてください、グランザームさん! あなたとの修行の成果を披露してきます!』


「楽しみにしている。そうそう、修行をやり遂げた『褒美』を余から贈ろう。己の力だけで乗り越えられぬ困難に直面した時、再び精神世界に戻るがよい。その時、余からの贈り物が役に立つだろう」


『ありがとうございます、グランザームさん。あなたのこと、ずっと忘れません』


 互いに言葉を交わした後、ユウの意識が消えていく。現実世界へと帰る時が来たのだ。同時に、グランザームの身体も黒い粒子となって崩れ去る。


 ユウは生の世界に、グランザームは死の世界に。生と死、過去と現在を超え出会った師と弟子は、別れの時を迎えたのだった。



◇──────────────────◇



『……ん、戻ってきましたね。さっさとこんな牢獄、抜け出しちゃいましょうか。それっと!』


 修行を終えて目を覚ましたユウは、早速拘束をブチ破る。ついで、触れた瞬間高圧電流が流れる鉄格子を両手で掴み思いっきりへし曲げた。


 ただの高圧電流など、修行によって魔神の力をさらに高めたユウには全くの無意味。鼻歌交じりに老を破壊し、外に出る。


 『精神世界では一万年近く修行してましたが、現実の世界はどれくらい時間が経ったんでしょうか……。まずはファルダードアサルトとマジンフォンを取り戻さないとですね』


 現実世界では、ユウが氷塊に閉ざされてからたった十分程度しか経過していない。おまけに、見張り要員だったウォルニコフたちはグランザームに始末された。


 もはや脱出の障害など無いに等しいのではあるが、あえてグランザームがそのことを告げなかったためユウは慎重に歩を進める。


『くんくん、匂いはこっちからしますね。早いとこ取り戻さないと、シャロさんたちに無事を伝えられませんからね……』


 監視用の魔法水晶が設置されていない通路を慎重に見極め、匂いをたどり没収されたアイテムが保管されている場所に向かうユウ。


 二階までは誰にも出会わず、問題なくたどり着くことが出来た。が、三階へ続く階段の先から……ユウは強烈な殺気を感じ取った。


(まず間違いなく、この先に誰かがいますね。ボクから没収した武具を守る番人でしょうか? ここまで来て逃げ帰るわけにもいきませんからね、早速修行の成果を試すとしまょう!)


 呼吸を整えた後、ユウは一気に階段を駆け上り三階に飛び込む。金属製の扉を体当たりで吹き飛ばし、大部屋に身を躍らせた。


「……ほう、これはこれは。やけに下の階が静かだと思っていたが。ウォルニコフたちめ、俺に知らせる前に狩られるとは。案外たいしたことなかったな、ロシアの男は見かけ倒しか」


『何者ですか、あなたは。ボクはこの先に用があるんです、通してもらいますよ』


「その頼みは聞けないな。だが、名前くらいは教えてやってもいい。俺はビリー・レイルズ。カテゴリー6の一人、お前から没収した装具の番人さ」


『ああ、やっぱりそうでしたか。……そういえば、ボクを脅してきた人と取り巻きを見ませんでしたね。お昼寝でもしてるんでしょうか?』


 大部屋の中央に陣取っていたのは、二メートルを超える巨漢。迷彩柄の長ズボンとブーツ、黒いタンクトップを着た赤髪の男……ビリーはそう口にし、咥えていた煙草を吐き捨てる。


 ユウの方は少し不思議がりつつ、体内で魔力を練り上げる。相手がメリケンサックを取り出すなか、ユウは修行の成果を披露する。


「どうやってあの牢獄から出たかは知らん。だが、これ以上進ませるわけにはいかない。叩きのめして鉄格子の中に送り返してやる」


『そうはいきません、グランザームさんとの修行で強くなったボクを見せてやります! ビーストソウル・リリース!』


「!? バカな、お前たちはパラディオンはマジンフォンを使わなければ獣の力を行使出来ないはずだ!」


『ええ、基本はそうです。でも忘れていませんか? ボクは変則的な形ではありますが、魔神の一族に名を連ねる者。修行を経て、マジンフォン無しでも! 獣の力を使えるようになったんです!』


 ユウは魔力を解き放ち、目の前に銀色のオーブを創り出す。だが、これまでと違いオーブには黒いもやがかかり中のアイコンを見ることが出来ない。


 グランザームとの修行で、肉体の強化だけでなく魔神の血のさらなる覚醒に至ったユウはマジンフォン無しでも化身出来るようになったのだ。


 もっとも、魂を消滅させるためにはこれまで通りマジンフォンを使わねばならないが。


「面白い、だがお前の能力はすでに神の目によって割れている。対策は済んでいるぞ!」


『そうですか、でもボクをこれまでと同じだと思わない方がいいですよ。さ、始めましょう。ユージーンへのリベンジに向けた肩慣らしをさせてもらいます!』


「お前如きがあの方にリベンジだと? 笑わせてくれる、あの方はかつてネイビー・シールズで伝説と謳われた偉大なソルジャーだ。小僧なんぞに負けるものか!」


 ユウの身体が獣化のため、黒いもやに包まれるなかビリーが先に仕掛ける。右手に嵌めたメリケンサックを使い、殴りかかるが……。


『あ、そうそう。言い忘れてましたけど、今のボクは修行で新しい力に目覚めてるんですよ。この力がユージーンに通じるか、それをテストする意味合いも……この戦いにはあるんです!』


「!? な、なんだその姿は!? 監視データとまるで違うじゃないか!?」


 もやの中から、アーマーに包まれ巨大化したユウの右腕が伸びてビリーの攻撃を受け止めてみせた。直後、もやが完全に晴れてユウの姿があらわになる。


 グランザームとの修行により、少年は本来持つ魔神の力に目覚めたのだ。両サイドに小型ブースターが装着された狐の脚を模したレッグアーマーと、狐耳カチューシャ付きのバイザーゴーグル。


 そして、肘が張り出した大型ガントレットに包まれた右腕を擁する銀狐の戦士……【拳の魔神】としての覚醒を果たしたユウがそこにいた。


『もしかしたら、パワーをセーブ出来なくて全力を超えた全力のパンチをしちゃうかもしれません。覚悟してくださいね?』


 敵を見据えながら、ユウは不敵な笑みを浮かべた。

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