第46話─旧き王、猛撃

「全員纏めて相手をしてやろう。まずは余興だ、この技のトリック……見破れるかな? 冥解放……壱の獄『万魔鏡』!」


 ウォルニコフたちが構えた直後、グランザームはかつてリオを苦しめた冥門の力を解放する。その動きに反応し、敵の一人が突撃してきた。


 が、攻撃が放たれる前にグランザームは自身の背後に現れた鏡の中に消えてしまう。ウォルニコフの取り巻きは慌てて止まり、様子を見る。


「な、なんだぁ!? このデケぇ鏡は!?」


「余がこの鏡の中にいる限り、貴公らの攻撃は通じぬ。さあ、余を引きずり出してみるがよい!」


「うおっ! チッ、鏡の中から一方的に攻撃してきやがるのか! 面白え、ならすぐに引きずり出してやる! オラッ……へぶぇ!?」


 挑発されたリンカーナイツ構成員の男は、躊躇なく鏡を殴り付ける。が、ダメージのフィードバックを食らい思いっきり吹き飛ばされた。


 ウォルニコフたち残りの六人は、それを見て驚く。何が起きたのか分からず、固まっている彼らにグランザームは楽しそうに問いかけた。


「どうした、そんなに呆けた顔をして。見ての通り、余が潜んでいる鏡を攻撃しても反射されるだけだ。謎を解かねば一方的にいたぶられるだけだぞ? ま、貴公らのような弱者をいたぶるつもりはないがな」


「フン、面白い。お前をそこから引きずり出してやるぞ」


 吹っ飛ばされた仲間を助け起こした後、ウォルニコフは魔戒王の挑戦を受け不敵な笑みを浮かべる。そして、どうやって相手を引きずり出すか考え始めた。


 先ほどの言葉通り、一方的に攻撃するつもりのないグランザームは黙って彼らの行動を見守っている。それが気に入らないようで、一部のメンバーが八つ当たりをする。


「クソッ、澄ました顔しやがって! ふざけた野郎だ、イライラするぜ……こんなもんぶっ壊してやる!」


「気味悪ぃ彫像なんか飾りやがってよぉ!」

 

 飾られている絵画や彫刻を破壊して回る彼らを見て、グランザームは静かに怒りを募らせる。優れた芸術家でもある彼は、自身の作品を冒涜する的に地獄を見せることを決めた。


(我が記憶から生み出した幻とはいえ、輝かしき作品たちを穢すとはな。ふむ……その代償、如何にして支払わせようか)


「お前たち、そんなことをしてる場合か? ようやく分かったぞ、自分の背後にある鏡を壊せ。奴め、オレたちの後ろにも鏡を設置していやがった……フンッ!」


 そんななか、試行錯誤していたウォルニコフが万魔鏡のカラクリに気付いた。仲間たちに呼びかけ、自身の背後にひっそりと浮かんでいた鏡を破壊する。


 他者の物は存在を感知出来ず、自分自身の背後にある鏡しか認識することが出来ないため、気付くのが遅れていたのだ。


「ほう、案外早かったな。もっと時間がかかると思っていたが」


「フン、舐めた真似をしてくれる。だが、鏡の中から引きずり出したからにはもうこっちのものだ。数の暴力の恐ろしさを教え込んでやる」


「フッ、数で勝れば優位……。その考えが命取りだということを知るがよい。余興を続けよう、冥門開放……弐の獄『虚空針』!」


 攻撃してくる敵を華麗に避けながら、グランザームは第二の奥義を放つ。が、ウォルニコフたちは何も変化を感じられなかった。


 実際、グランザームが魔力を解放した以外の変化は起きていない。だが、彼らは気付いていなかった。すでに脅威が存在することを。


「ハッ、なんだよ。何も起きてねえじゃねえか、虚仮威しか? ふざけたことしてくれやがった礼をたっぷ……うぎゃああああ!!」


「!? な、なに!? なんでいきなり腕がぶっ飛んでるのよ!?」


 一人がグランザームに突撃しようとした、その刹那。突如右腕の肘から先が見えないナニカに切断され、血飛沫と共に宙を舞う。


 絶叫しながらのたうち回る仲間を見ながら、ユウの見張りをしていた女は叫ぶ。そんな彼らを眺め、王は愉快そうに笑う。


「フ、驚いてくれたようでなにより。余の妙技が一つ、虚空針は目に見えぬ針を空間内に出現させるもの。もし触れれば、その者のように両断されることになる」


「クソが、さっきから汚えぞ! 正々堂々戦いやがれ!」


「おやおや、数の暴力がどうたらと言っていた者らがそのような戯れ言を口にするとは。よかろう、余興は終わりだ。余の芸術を穢した貴公……いや、貴様らに裁きを下してやる」


 腕を切り飛ばされた男が叫ぶと、グランザームは虚空針を解除し大鎌を構える。その直後、四人の異邦人が魔戒王目掛けて飛びかかった。


「四人掛かりでぶっ殺してやる! 覚悟しやがれオラァ!」


「腕をぶった切ってくれた恨み、晴らしてやる!」


「来るがいい、たかが四人程度で余を始末出来るなどという思い上がりを質してくれようぞ!」


 剣や槍等、それぞれの武器を呼び出し波状攻撃を仕掛ける。だが、どんなに攻撃しても相手に当たることはなかった。


 フェイントを織り交ぜた攻撃を繰り出しても、全て避けられてしまう。踊るような優雅な体捌きで、グランザームは敵を翻弄する。


「どうした? 数の暴力とやらで余を蹂躙するのではなかったのか? この程度なら、視覚と聴覚を封じていてもかわせるぞ?」


「クソッ、舐めや……ぐああっ!」


「こ、攻撃が見えあぎっ!」


 最初は余裕しゃくしゃくだった異邦人たちだったが、一人、また一人と死の大鎌に首を刈られていく。その様子を見ていたウォルニコフの取り巻きたちは、恐怖を抱き逃げ出してしまう。


「あ、あんなのに勝てるわけねえよ! 戦うなんてまっぴらだ、俺は逃げるぞ!」


「ま、待ってえ! おいてかないでよ!」


「チィッ、逃げるなお前たち! まだ勝てぬと決まったわけでは」


「いや、貴様らが勝つことはない。冥門開放、参の獄……『雪華雨爆』!」


「? なんだ、これは……雲、か?」


 アトリエの奥へ逃げようとするリンカーナイツの構成員たちの頭上に、重く冷たい雲が現れる。そこから、白い雪が降ってくる。


 幻想的な光景につい心を奪われそうになるも、嫌な予感を覚えたウォルニコフは雪の落下地点から離れる。これがただの雪であるはずがないと、これまでの出来事で思い知らされているのだ。


「なんだこのゆ……あがっ!」


「ば、爆発するなんて聞いへべぇっ!?」


「フ、あっという間に貴様一人になったな。ああ、安心するがよい。貴様の仲間は死んではいない。我が芸術品となりて、永遠にこのアトリエに飾られるのだ」


 グランザームがそう口にすると、アトリエの空いているスペースに新たな芸術作品が現れた。絵画も彫刻も、全てウォルニコフの仲間が描かれていたり、姿を象っている。


 その全てが苦悶の表情を浮かべたものになっており、時折すすり泣きが聞こえてくる。一人残されたウォルニコフは、グランザームに挑みかかる。


「やってくれたな、だがオレは簡単に倒せんぞ。我がチートスキル【万物を潰す万力クラッシュハンド】でお前を捻り潰してや……る……?」


「チート、か。くだらぬな、そのようなものに頼り切っている腑抜け如きが余の首を獲れるとでも思ったか?」


「ぐ、あ……。いつ、の……間に……」


 チート能力を発動し、グランザームを倒そうとするウォルニコフ。だが、そんな機会が彼に与えられることはなかった。


 目にも止まらぬ速度でグランザームがウォルニコフに接近し、命を刈り取る致命の一撃が放たれたのだ。胴体を斜めに両断され、ウォルニコフは崩れ落ちる。


「ただ上位存在に与えられた力に依存するだけの者には道は開けぬ。リオやユウのようにひたすらに……己を磨く者でなければ余は討てぬ」


「がはっ!」


 敗れ去ったウォルニコフもまた、その末路を描いた絵画に変えられアトリエに飾られることとなった。未来永劫、彼らがここから逃げられる日は来ない。


 死して転生することも出来ず、永遠にその末路をさらし続けるのだ。グランザームは鎌を消し、己の精神世界から姿を消す。


「退屈しのぎにもならぬ。やはり、余の心を満たしてくれるのはリオを置いて他にはいない。久方ぶりに戦いたいものだ……」


 そう呟き、ユウの元へと戻っていくのだった。

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