第45話─最強のお師匠様
己の精神を反映した世界で、ユウはグランザームの指導のもと鍛錬を始めた。もう二度と負けないように。敗北をバネに、ひたすら課題をこなす。
現実世界では数分しか経っていないが、すでに精神世界では数百年分に相当する時が流れていた。その間、ずっとユウは己を鍛え続けていたのだ。
『今回こなしてもらう課題は、余が作り出した重さ四トンのバーベルとギプスを用いたトレーニングだ。バーベルを千回持ち上げるまで続けてもらおうか』
『ふう、ふう……分かりました。息を整えたら始め……はあ、はあ……』
グランザームは、ユウの技と
過酷なトレーニングにも果敢に挑むユウを観察し、グランザームはいくつかの事実を看破していた。その中には、ユウの根幹にあるものも。
(……ふむ。こうして精神世界にいると流れ込んでくるな。かの少年の心の奥深くに仕舞い込まれた悲しみ、失意、恐怖、絶望。……前世から続く因縁という呪いが)
ユウの精神に触れ、グランザームは彼の中にある負の感情を読み取っていた。リオたち新たな家族との暮らしや、シャーロットたちとの出会いで今は抑え込まれている。
だが、それは溢れ出さんとしているマグマを火口に蓋をすることで無理矢理せき止めているのと同じ。いずれ蓋が破られ、破滅的な爆発を起こす。
グランザームはそんな危機感を抱いていたのだ。ウォーカーの一族のやり口を聞いているがゆえに、いずれ現実になるだろうと考えていた。
(リオは言っていた。リンカーナイツの背後には、ウォーカーの一族を束ね、異邦人を呼び寄せる存在がいるのだと。もしその者がユウの前世を利用し、心を破壊せんと策を練ってきたら……)
ユウにとって触れてはならない、トラウマを呼び覚ますタブーはいくつもある。その全てを容易に満たす存在……ユウの前世の母親がいずれ現れるかもしれない。
そんな嫌な予感を抱くと共に、グランザームはもう一つ確信を得た事について思考を巡らせる。それは……。
(ユウの魔神態を見せてもらったが、あれは明らかに
自身の魔力を分け与え、銃の魔神の姿を見せてもらいつつ軽く手合わせをしたグランザームは、本来のユウの魔神の姿が別にあるということに気付いた。
外部からもたらされたファルダードアサルトとヴィトラの力が複雑に絡み合い、予想外の変化をもたらしたがゆえの産物だと確信に至ったのである。
『グランザーム様、これなかなかキツいですよ……! ほ、骨が砕けそうです!』
『案ずることはない、例え全身の骨が砕けようともここは貴公の精神世界。瞬く間に元通りになる、気にする必要はない』
『骨が粉々になるのは嫌ですよ!?』
トレーニング中のユウとそんなやり取りをしつつ、かつての魔戒王はさらに考察を進めていく。如何にしてユウ本来の魔神の力を目覚めさせるか、思案を始めた。
(彼はまだ、魔神の血が完全に覚醒しきっていない。本来なら、マジンフォンが無くともその力を扱えるはずだからな。まずはそこから始めて、少しずつ血の覚醒を……む?)
肉体の鍛錬と、魔神の血の覚醒。二つの目標が出来、どんなノルマを設定するかを考え始めた直後。現実世界で小さな変化が起きたことに、グランザームは気付く。
(何者かがユウを守護の氷塊から引きずり出そうとしているようだな。まだ鍛錬は三割も終わっていない、邪魔をさせるわけにはいかぬ。少し妨害してくるとしよう)
『むむむむ……!! こゃあああ……』
『ユウよ、余は少しばかり思索をせねばならん。適度に休憩を挟みつつ鍛錬を続けよ』
『わ、分かりました……! いってらっしゃい、グランザームさん!』
『うむ。すぐに戻る、余のことは気にする必要はない』
そう言い残し、グランザームは精神世界の表層へ浮かび上がり現実世界の様子を見る。牢屋とその周辺では、特に異変は無いが……。
「ウォルニコフさん、ウォルニコフさん! 大変です、牢屋で異変がひぃ!?」
「オレの言い付けを忘れたのか? 緊急事態であっても報告は静かに行えと言ったはずだ。二度目はないぞ、今度は静寂を破るな」
「は、はひぃ……」
一階にある食堂に駆け込み、ユウの異変を知らせに来た見張りの女。大声をあげながら飛び込んだ、次の瞬間。ナイフが彼女の真横をかすめ、廊下の壁に突き刺さる。
ボルシチと山盛りのイクラを食べていたウォルニコフに凄まれ、へなへなとへたり込み何度も頷く見張りの女。食事をしていた同僚たちは、気の毒そうに彼女を見ていた。
「まあいい、それで? オレの言い付けを破るくらい慌てているんだ、何かヤバいことが起きた……そうだろ?」
「そ、そうなんです。牢の中にいる例の子どもが、突然氷漬けになって……」
「なんだと? まさか自害したというのか?」
「わ、分からないんです。異変が起きてすぐ、相棒にウォルニコフさんに知らせに行けって言われて……」
「分かった、すぐに下に降りる。もし死なれていたらまずいぞ、オレたち全員がユージーン様に殺される」
ヴィトラの器になる予定のユウがもし死んでいたら、監督不行き届きなどというものでは済まされない。生まれてきたことを後悔しながら死ぬことになるだろう。
食事をしていた部下四人と見張りの女を連れ、急ぎ地下牢に向かうウォルニコフ。一人残っていた見張りの男は、仲間に気付き報告をする。
「あ、ウォルニコフさん。今、計器による生命反応の確認が終わったとこです」
「よくやった、結果はどうだ?」
「はい、幸い命に別条は無いようです。でも困りましたね、こんな分厚い氷に覆われてたらユージーン様が困りますよ」
残っていた見張りの男は、すでにユウの生死をチェックしていた。スピードガンに似た手持ちの装置でユウが生きていることが分かり、安堵する。
だが、喜んでばかりもいられない。氷に覆われたままでは、ヴィトラの憑依に支障が出てしまう。ユージーンの手を煩わせられないと、ウォルニコフたちは牢の中に入った。
「よし、オレのチートスキルで氷を砕けないか試してみ」
『その必要はない。貴公らの相手は余がしてやろう。リンカーナイツなる組織に与する異邦の民よ、かつての魔戒王と相まみえる栄光を喜ぶがよい!』
「な、なんだこの声……うわっ!? ひ、引きずり込まれるぅぅぅぅ!!」
ウォルニコフがユウに近付いた瞬間、グランザームの声が響く。直後、異邦人たちの足元に闇の穴が現れ無数の手が伸びてきた。
逃げ出す間も無く、ウォルニコフたちは手に掴まれて穴の中に引きずり込まれていく。その行き先は、グランザームの精神世界。
ユウを守るため、グランザームは自ら敵の排除に動いたのだ。己が心の中に潜み、王は笑みを浮かべる。久方ぶりに、力を振るえる機会が来て嬉しいのだ。
「うおああああ!? って、なんだここ? 真っ暗でなにも……まぶし!」
「むう、ここは……なんだ? アトリエ……なのか?」
少しして、精神世界に引きずり込まれたウォルニコフたち七人の異邦人が落ちてきた。漆黒の闇が広がる空間を見てキョロキョロしていると、突然光が溢れる。
光が消えると、闇が晴れ巨大なアトリエが姿を現していた。飾られている絵画も、彫刻も……その全てが、リオや彼の仲間、そしてグランザームの部下たちを元にしたものだ。
「ようこそ、我が精神世界へ。ここは余が生前使っていたアトリエを再現したものだ、美しいだろう? ここには余の全てがある。輝かしい思い出と覇道の記憶だ」
「なんだ、貴様は。オレたちをこんなところに引きずり込んで何を企んでいる?」
「足止めだよ、異邦より来たる者らよ。ユウは今、来たるリベンジに向け鍛錬を積んでいる。貴公らのような輩に来られては困るのだよ、ゆえに……排除する。かつての序列三位の魔戒王、グランザームの名において!」
突然のことに困惑するウォルニコフたちの前に姿を現し、グランザームは威厳に満ちた声で敵対者の抹殺を宣言する。
「グランザームだと? あの方から聞いたことがある、遙か昔オレたちの敵である魔神どもと神話級の戦いを繰り広げた覇王がいたのだと。なるほど、それがお前か」
「ほう、余のことを知っているか。フッ、あの戦いが神話か……。余からすればつい昨日のことなのだがね。あの戦いを思い出すと、今でも魂が熱く燃えたぎる。まるで初恋を知った乙女のようにな」
「へっ、伝説の覇王だかなんだか知らねえが所詮は魔神にやられておっ死んだ負け犬だろ? 恐れることなんてねえっすよウォルニコフさん、こっちは七人いるんだ。一人が相手なら余裕ですよ」
「……余を侮るか? よかろう、なればその言動を後悔させてくれる。我が【冥門】の力は未だ健在なり。余の恐ろしさ……その身と魂に刻み、死の世界に
リンカーナイツのメンバーの一人が、調子に乗った発言をしてしまう。グランザームはフッと笑い、生前から愛用している大鎌を呼び出し構えた。
偉大なる英雄リオを苦しめ、敗北寸前まで追い詰めた伝説の覇王が……よみがえる。
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