第44話─攫われし者、追いかける者

 リンカーナイツの襲撃から二時間後。破壊されたホールの片付け、戦いの負傷者の運び出しと手当がようやく全て完了した。


 だが、パラディオンたちに休む暇はない。再び攫われてしまったユウを助け出すべく、無傷の者たちが緊急招集された。


「さて、みなもすでに知っていると思うが。我らの英雄、北条ユウくんがリンカーナイツのメンバーに連れ去られてしまった。そのため、これより奪還作戦を練り志願者を募りたい」


 グランドマスターの元に招集されたパラディオンは計十五人。シャーロットたち三人娘や、義人もメンバーに含まれていた。


 パラディオンギルド本部にある講堂に集められ、半円形の座席にシャーロットを除く十四人が座った。これから、ユウ奪還作戦の概要が説明される。


「さて、まず我々がすべきことは今回の襲撃者たちがどこに逃げ去ったのか? それを突き止めることだ」


「そのための道しるべを、ユウくんが残してくれました。……切り落とされた、彼の左腕です」


 壇上に立つグランドマスターの隣に、ユウの腕を持ったシャーロットが現れた。パラディオンたちがざわめくなか、彼女は腕を掲げる。


 すると、手がひとりでに動き何かを指し示すようなポーズを取る。伸びた人差し指の先から現れた銀色の光が、北東の方角へと伸びていく。


「おい、それって……」


「この光は、恐らく北条ユウくんが自分の居場所を我々に知らせるために発していると思われる。この光の示す方角へ向かい、リンカーナイツの基地を探し出す。そして、彼を奪還するのだ!」


「細かい作戦の設定やチーム編成をこれから行うわ、三人一組の五チームを作る。そうして、ユウくんを助けるの!」


 驚くチェルシーたちに、グランドマスターとシャーロットはそう伝える。巧妙に隠されたリンカーナイツの基地を探し出すのは、簡単なことではない。


 だが、全員がやる気に満ちていた。最後まで諦めず、ユージーンと戦い続けたユウを……希望の光を救い出すために。


「諸君らの奮闘を期待する! オペレーション・鷹の目ホークアイ始動だ!」


「おおおおお!!」


(……待っててね、ユウくん。今度こそ、必ず助けに行くから)


 パラディオンたちが雄叫びをあげるなか、かつてユウが雅に攫われた時のことを思い出すシャーロット。ユウを見つけ出し、必ず助ける。


 心の中でそう誓い、拳を握り締めるのだった。



◇──────────────────◇



「……ということで、本部から魔魂片が移送されるまでここに監禁しておく必要がある。常に見張れ、決して逃がしてはならないぞ」


「ハッ、お任せくださいユージーン様!」


 その頃、ユウはガンドラズルから北東の方角にあるリンカーナイツ基地の地下牢に押し込められていた。銃もマジンフォンも奪われ、下着姿にされ鎖で縛られていた。


 魔法の水晶を使った監視システム、触れた瞬間電流が流れる鉄格子、無数の見張り……。厳重な警備の元、文字通り手も足も出ない状態にされている。


『むううう……! 参りましたね、これじゃあどうにもなりませんよ』


「フン、猿ぐつわ噛ませてやってるのに……念話なんてされたらうるさくてかなわねー、少し黙ってろガキ。この【金言】のウォルニコフを怒らせるとタダじゃ済まねえぜ?」


 指示を出し終えたユージーンが去った後、残った見張りの一人……ロシア系の異邦人の男が鉄格子の向こうからユウを見つめる。


 わざわざしゃがみ込み、目線を合わせて。上から見下ろされなければ、トラウマは発動しない。ユウは平然とした態度で相手に対応する。


『はあ、そうですか。ところで、その大層な異名はなんなんです?』


「……オレは騒がしいのが嫌いでな。故郷のウラジオストクにいた頃から、うるさく喚く奴をみんな黙らせてきた。こんな風にな」


 そう答えた後、ハゲ頭にペガサスのタトゥーを掘った大男……ウォルニコフはあるものを取り出す。それは、金属製の小さなボールだった。


「これはチタン合金製のボールだ。これを……フンッ!」


「おお、出た……ウォルニコフさんのクラッシュハンドだ」


『わひゃっ!? こ、粉々どころか本当に粉に……!』


「……オレの静寂を破った奴はみんなこうなる。オレの好きなニホンのコトワザにこんなものがあってな。『沈黙は金、雄弁は銀』。……生きていたければ、沈黙という『金言』を貫け。分かったな? お前たち、何人か残れ。それ以外はメシだ、オレと来い」


「はっ」


 文字通り金属球を粉砕したウォルニコフは、ひそひそ声で賞賛していた取り巻き数人を連れ上階へと去って行く。残ったのは、取り巻き二人とユウだけ。


 身動き出来ないユウは、ただ取り巻きの男女が世間話しているのを見ていることしか出来ない。そんな彼の胸中は……。


(……悔しい。一回目も二回目も、ボクはユージーンに手も足も出なかった。パパみたいにみんなを助けるために、ボクはここに来たのに……。こんなんじゃ、足を引っ張るだけ……)


 ユージーンに実質二度負けたことが響き、すっかり打ちひしがれてしまっていた。これでは父や仲間に顔向け出来ないと、悔し涙を流した……その時。


『悔しいか、少年よ。なれば、貴公はなんとする? このまま悔恨の涙を流し続け、己が生殺与奪を敵に明け渡したままでいるつもりかな?』


『!? だ、誰です!? この声……あなたは?』


『余はグランザーム。かつて暗域に君臨した魔戒王の一人であり……貴公の父、リオの最大の敵にして親友ともである者だ』


 落ち込むユウの元に、威厳に満ちた男の声が届く。直後、ユウの身体が冷気に包まれ一瞬で分厚い氷の中に閉じ込められてしまった。


 当然、少し離れたところで見張っていた構成員たちはすぐ異変に気付く。一人がウォルニコフの元へ向かい、残りの一人が監視を続ける。


「なんだぁいきなり!? おい、お前ウォルニコフさんに報告してこい!」


「わ、分かったわ!」


 薄れていく意識のなか、ユウは二人のやり取りを聞く。そして……どこか不思議な温かみを感じる氷塊に包まれ、意識が途絶えた。



◇──────────────────◇



『あれ? ここは? どこですか、この真っ白な空間……』


『ようこそ、ユウ・ホウジョウ。ここは貴公の心の中……要は精神世界というわけだ。お邪魔させてもらっているよ』


 しばらくして、目を覚ましたユウは見渡す限り真っ白な空間にいた。周囲を見渡していると、一人の男が現れる。


 漆黒の鎧と真っ赤なマントを身に付けた、見目麗しい闇の眷属の青年。……グランザームと名乗った人物は、威厳に満ちた瞳をユウに向けた。


『あ、あなたが……パパの言っていた……』


『ふむ、リオから余のことはしっかりと聞いていたか。うむ、喜ばしいことだ。さて、貴公は今こう思っているな? 何故である余が、貴公の精神世界にいるのかと』


 クァン=ネイドラに旅立つ前、ユウは両親からグランザームについての昔話を聞かされていた。千年以上もの昔、リオたちの故郷を侵略せんとした魔戒王との戦いの神話について。


 長き戦いの果てに、リオたちベルドールの七魔神はグランザームの配下たる【魔軍六将軍】と【黒太陽の三銃士】を打ち破り、ついには魔戒王をも下し……平和をもたらしたと。


『余はリオとの決戦に敗れ滅びたが、恨むことはなかった。むしろ、最期に素晴らしい戦いをしてくれたことに感謝し……永遠の友となったのだ』


『は、はい。それは聞いています。でも、どうしてボクのところに?』


『……リオに頼まれたのだ。貴公を我ら闇の眷属の流儀で鍛えてほしい、とな。そのために、かの闇寧神と交渉を続け……ようやく現世に一時帰還出来たわけだ。魂だけだがな』


 死という絶対の沈黙を破り、グランザームが現世に降臨した理由。それは、いずれユウがリンカーナイツとの戦いに敗れるだろうと予想したリオが、息子の鍛錬をするためだった。


『余はずっと見ていた、昏き死の牢獄の最下層から貴公のことを。なるほど、確かに筋がいい。だが……【心】と【技】が完成されてはいるが【体】が未熟だ』


『……はい、それはボクも嫌というほど痛感させられました。ユージーンとの二度の戦いで』


『うむ。どうだ、敗北して悔しいだろう? 打ちのめされただろう? 心が張り裂けそうなほど悲しかっただろう? その挫折は、貴公をより強くするための贈り物だ。人は折れても、諦めぬ限り何度でも立ち上がれる。リオがそうだったように』


『グランザームさん、ボクを鍛えるために来てくれたんですよね? なら……お願いします! もう二度と負けないように……大切な人たちを守れるように! ボクを強くしてください!』


 目の前に立つ魔戒王に、ユウは土下座して頼み込む。グランザームは膝をつき、そんな彼の頭を上げさせる。そして、優しい声で語りかけた。


『勿論だとも。そのために余が来たのだ。フフフ、喜ぶがよい。魔戒王から直接教練してもらえる者などそうはいない。特に、すでに死したる余からは、な』


『どんなに辛くても、苦しくても! 血反吐を吐くような修行でも耐え抜きます、やり遂げます! だから、ボクにあなたの技術を、知恵を、力を! 全てを教えてください!』


『うむ、その言やよし! 案ずるな、精神世界での時の流れは現実と異なっている。時間はたっぷりとある、何千、何万年分もの時をかけ。鍛えてやろう、不敗の英雄となるように!』


 こうして、死せる王に師事することになったユウ。もう二度と負けないと心に誓い、グランザームに導かれ鍛錬を始めるのだった。

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