第36話─アストラル計画、始動
翌日、謹慎中の騎士団長の元に出向き改めて和解したユウたち。パラディオンギルドでの表彰式まで日数があるため、帝都観光をすることに。
『ボク、ニムテ以外の街に来るのは初めてなので楽しみです』
「アタシらはたまに帝都に遊びに行くからな、どこに何があるかだいたい把握してるんだ。いろいろ案内してやるよ。な、シャーロット」
「そうね、まずは商店街でお買い物でもしましょうか。ユウくんが気に入るものがあるはずよ」
「楽しみデスデス。そいじゃー出発するデスよ!」
女帝クラネディアとの謁見と政策の進言、騎士団長との和解、そして第二のトップナイト……ユージーンの撃破。
やるべきことを終え、後は表彰式を終えるのみ。そう考えのほほんと観光を始めるユウたちだったが……彼らは知らなかった。
ブリギットが倒したはずのユージーンが生きており、虎視眈々とユウを攫うための計画を練っていることを。
◇──────────────────◇
「う……ここは、一体……?」
「グッモーニン、実験素材クゥン! 宇野狂介のドッキリビックリクレイジーラボへよぉぉぉうこそぉぉぉぉぉ!! アヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
加賀智明に騙され、元いた大地から拉致されてきたラディム。彼が目を覚ますと、薄暗い牢獄に繋がれていた。
そんな彼の元に現れたのは、ラボの最高責任者たる宇野狂介。相変わらず焦点の合わない目を輝かせ、おちゃらけている。
「お前が何者なのかはどうでもいい、早く僕をここから出したまえ! トモアキを探し出して殴らないと気が済まないんだ!」
「それは無理どぅぇぇぇす!! ま、安心しなさぁい。君はもうすぐ、そんな骨髄まで恨みたっぷりな状態から解放されるからねぇ! 私の【アストラル計画】によってぇ! アヒャヒャヒャヒャ!!」
「な、なんだこの男は……狂ってるのか? まともじゃあないぞ」
狂乱する宇野を見て、ラディムは自分がとんでもない事態に巻き込まれてしまったことを悟る。だが、もう遅い。
ユウを捨てたあの日から、ラディムと仲間たちの破滅は決定的なものになったのだ。そのことを、彼はすぐに思い知ることになる。
「ああ、そうそう。この子さぁ、君の仲間だよねぇ? 実験中、ずぅぅっと君の名前を呼んでたよぉ? アヒャヒャ!」
「!? リリアル! お前、リリアルに何をしたんだ!?」
宇野は懐から魔法の水晶を取り出し、とある映像を空中に投射する。その内容は、ラディムの仲間の一人、リリアルが人体実験をされているものだった。
『いや、やめて! やだ、やだぁ! 腕を取らないでぇぇぇ!』
『アヒャヒャヒャ! 安心したまえよぉ、死なせるようなことはしないからねぇ! ま、死ぬよりつらい目には合わせちゃうけどねぇぇぇ!! アッヒャヒャヒャ!!』
映し出されているのは、生きながらにして解体されていくかつての仲間……リリアルの姿だった。酷たらしい光景に、ラディムは絶句してしまう。
何故自分たちがこんな目に合わなければならないのか。解体されたリリアルはどうなってしまったのか。それらを聞きたいのに、言葉が出ない。
宇野の狂気とこれから自分がたどるだろう末路を見せ付けられ、ラディムの心が完全にへし折れてしまったのだ。
「う、うう、ああ……」
「すっかり怯えちゃったねえ! アヒャヒャ、ちょぉぉっとシゲキが強すぎたかなぁ? 安心したまえ、君のお仲間は生きてるさぁ。私の実験で生まれた存在……【アストラルH】としてねぇ!」
「なんなんだ……そのアストラルなんとかというのは!? 君は僕たちをそんな得体の知れない存在に作り替えて、何をしようというんだ!?」
「ふふふ、そんなことを君が知る必要はないのさぁ! というわけでだ、大人しくここにいたまえ。君の番が来るまでね! アヒャヒャヒャヒャ!!!」
最後のラディムの問いに答えることなく、宇野は牢獄の前から去って行く。背後から聞こえる、絶望の叫びに愉悦しながら。
「嫌だ、嫌だぁぁぁぁぁ!!! 僕はあんな風になりたくない! 誰か、誰か助けてくれぇぇぇぇ!!」
鉄格子を掴み、力の限り揺らしながら叫ぶラディム。だが、救いを求める彼の声を聞く者はどこにもいなかった。
一方、ラボに戻った宇野は製造中のアストラルたちが眠る管理室へ足を運ぶ。広い部屋の中に、左右十三ずつ……計二十六の円筒形のスリープ装置が設置されている。
「さぁてさて、すでに完成したアストラルAは『解放済み』だ。意識の定着を進めているBからHまでは『調整中』にしておいて、と。うんうん、いいんじゃなぁい?」
宇野の頭の中には、すでにAからZまで全二十六体のアストラル製造計画が練られていた。そのうち八体は、すでに製造済み。
最初の一体であるアストラルAがどこまで想定通りに動けるか。そのテストを兼ねて、ユージーンへ託したのだ。
「いやぁ、実に楽しみだねぇ! ふふふ、倫理だの道徳だの、くだらないものを捨てればこぉんなに素晴らしいモノを創れる! 研究者冥利に尽きるよぉ! アヒャヒャヒャ!」
管理室の中に、宇野の狂気に満ちた笑い声が響くのだった。
◇──────────────────◇
『たくさん買い込んじゃいましたね、どこに置いておきましょうか?』
「宅配馬車ギルドに頼んで、ニムテのアパートメントに送ってもらうのが一番ね。流石にこの大荷物を持って、宿に連泊は……ねぇ?」
「まあ、流石に迷惑だわな。金割り増しすりゃあ全部運んでくれんだろ……たぶん」
その日の夜、ユウたちは買い込んだ荷物をどうするかで悩んでいた。日用雑貨や食材、それぞれの気に入ったものをしこたま買った結果、とんでもない量になってしまったのだ。
「それならワタシが手続きしときマス。こー見えて宅配馬車ギルドには顔が利くデスよ」
「ほーん、そんならありがたくやってもらうわ。アタシ書類書くの苦手だからよ」
『ありがとうございます、ブリギットさん。仲間になったばかりなのにそんなに働いてもらって』
「だからデスよ、ゆーゆー。一番の新参が雑用を全部やるのが義務だと、おシショー様も言ってたデスマス」
自ら手続きをすると名乗り出たブリギットに荷物を任せ、ユウたちは宿泊予定の宿に向かう。クラネディアが便宜を図り、宿泊料を肩代わりしてくれたのだ。
ロイヤルスイートルームに通され、豪華な内装に驚いたりふかふかのベッドを堪能するユウ。しばらくして、チェルシーが突如叫ぶ。
「アッ! そうだよ、結局あのデカブツから聞き出せなかったじゃねえか! クソー、二連続でトップナイトから情報聞きそびれるとヘコむなー」
『そういえば、そんなことを言ってましたね。チェルシーさん……何を聞きたかったんですか?』
「……そうだな、ユウの仲間になって結構経つしそろそろ話してもいいだろ。アタシな、リンカーナイツの構成員の中に追ってる奴がいるんだ。……アタシの妹、エレインを殺した仇をな」
チェルシーの言葉に、ユウは黙り込む。どう声をかけていいか、分からなくなってしまったのだ。そんな彼に、チェルシーは笑いかける。
「んな顔すんなよ、別に怒ったりしねえからよ。……三年前、アタシはただの冒険者だった。エレインと一緒にいろいろやってたのさ。生活はちょっと苦しかったけど、幸せだったよ。でも……」
「……頬に抉れたような傷がある男に殺されてしまったのよね。あなたの妹さんは」
「そうだ。忘れもしねえ、ひでぇ土砂降りの日だったよ。あの日……アタシとエレインは家路を急いでた。そこに、あいつが現れた」
シャーロットの言葉に頷きながら、チェルシーは過去を思い出す。強く握り締めた拳からは、血が滴っていた。
「そいつはアタシに何かをした。何をされたのか分からねえまま……気づけばアタシは深傷を負って地面に転がってた。エレインはアタシを助けようとして、その男に後ろから刺された」
『酷い……そんな、ことが』
「そいつの胸元には、ウロボロスのバッジがあった。だが、下地が白……今ギルドで確認されてるどのカテゴリーにも属してねえ色だった。だから、アタシにゃ頬の傷以外手掛かりがねえんだ。妹の仇のよ」
そこまで言った後、チェルシーは疲れたようにため息をつく。実際、彼女は疲れ切ってしまっていた。エレインの仇を探すため、パラディオンとなり。
三年間、必死に探し続けた。時には捕らえたリンカーナイツの構成員を拷問し、情報を得ようとしたこともあった。だが……。
「てんでダメだった。いつになったら……エレインの無念、晴らしてやれるんだろな。ダメな姉ちゃんだよな、アタシは。ずっと同じところで足踏みしてばっかりだ」
『チェルシーさん……。なら、ボクも手伝います。エレインさんの仇討ちを!』
「ありがとな、ユウ。そう言ってくれるだけで嬉しいよ」
そう口にし、チェルシーは力なく笑う。そんな彼女を見ながら、ユウは策を練る。少しずつ、アイデアが形になりはじめていた。
だが、それを実行に移す前に……リンカーナイツの新たなる刺客と戦わねばならないことを、この時の彼はまだ知らなかった。
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