第35話─ユウの抱く願い
「大丈夫? ユウくん。無理しなくてもいいのよ?」
『いえ、一つだけ……ボクから進言出来ることがあるかもしれません。もしよければ聞いていただけますか?』
「もちろんだとも。君のような異邦人は、私たちにはない着眼点を持っている。是非聞きたい、君の言葉を」
食事の手を止め、いつになく真剣な表情でユウは女帝を見つめる。その横顔に、思わずシャーロットたちは見惚れていた。
『ボクからは、陛下に【児童福祉】の政策について進言したいと思います。簡単に言うと、ボクのような子どもを守るための政策ですね』
「ジドウフクシ……ユウくん、それって……」
思い出したくもない前世にて、ユウはあらゆる学問の知識を母親によって徹底的に叩き込まれた。そのうちの一つが、児童福祉の知識だ。
もっとも、教えられたのは真っ当な理由からではない。いつまでも『出来損ない』なユウへ、母が悪意の限りを込めて行った精神的な虐待の一環としてだ。
外の世界では、恵まれない境遇にいる子どもや虐待されている子どもを救うための制度が存在している。だが、世間から秘匿されているユウはそれを受けられない。
お前に救いなど無いのだと、言外に伝えるためにわざとユウの母は知識を与えたのだ。
「ふむ……詳しく聞かせてもらえるかな? それがどのような概念なのかを」
『はい。先ほども言いましたが、恵まれない子ども……例えば親がいない天涯孤独な子。親に虐待されて苦しんでいる子。様々な障害を持っている子……そんな子どもたちをあらゆる方面から支援し、次世代を担う存在として守り育てるためのシステムです』
ユウの前世を知っているがゆえに、シャーロットたちは黙り込んでしまう。彼女らは気付いたのだ。ユウの言葉に秘められた願いに。
少しでも、自分のように苦しむ子どもたちが救われてほしい。自分のように心に癒えぬ傷を負い、トラウマに苛まれる子が減ってほしいと。
『孤児院……地球では児童養護施設と呼ばれる場所で子どもたちが自立出来るようになるまで育てたり、いろんな悩みを持つ子どもたちの相談室を設けたり……いろいろな方法があります』
「……なるほど、な。確かに、子どもは守らねばならぬ次世代の宝。君の言うことはもっともだ」
「ユウ……」
「ゆーゆー……」
『ボクは……前世でつらい思いをたくさんしました。でも、そんなボクよりもつらい人生を送っている子が、この大地にもたくさんいるはずなんです。救いたいんです、彼らを。ボクのように取り返しがつかなくなる前に』
熱意を込めて話すうちに、ユウは無意識に涙をこぼしていた。自分は数奇な運転の末に、リオたちの子として転生し幸福を掴めた。
だが、今この瞬間を生きている他の子どもたちは違う。今もどこかで、それぞれの苦しみの中にある。それを想像するだけで、ユウの心が痛むのだ。
『だから、だから……お願いです、ボクの知識を役立ててください。一人でも、多くの子どもたちが救われるように……』
「ああ、分かった。この国を導く者として約束しよう。君の知識と私の権力があれば、恵まれぬ子どもたちを救えるはずだ。……いかんな、もらい泣きしそうだ。ここまで心を動かされるのは、いつぶりのことだろう……」
切なる願いが込められた言葉に、食堂にいた全員が魂を揺さぶられ……涙を流す。この日を境に、クラネディアは児童福祉法の整備を行うこととなる。
ユウや他の異邦人の助言を得て、多くの子どもたちを救うことになるが……それは少し先の、未来の話だ。
◇──────────────────◇
「今戻った、レオン。済まない、例のボーイの捕縛には失敗した」
「神の目を通して見ていた、あんな不意打ちをされては仕方ない。君なら同じ手にはやられないだろう? 次の吉報を待つさ」
「申し訳ない、鍛錬を重ね対策を練ろう。そして、必ず任務を達成する」
その頃、リンカーナイツの本部では帰還したユージーンがレオンに報告をしていた。油断も慢心もせず、リベンジを誓う。
そこに、一人の人物がやって来る。どこか楽しそうにスキップしながら現れたのは、黒衣を纏った痩身の男だ。
「おーやおやおや! お二人ともこーんなところにいらしたのですか! これはちょうどいい、探す手間が省けましたよ! アヒャヒャヒャヒャ!!」
「ドクター・ウノか。その様子……ついに完成したのだな? 【アストラル計画】最初の一体が」
ボサボサの髪を掻きながら、焦点の合わない目を輝かせ男……
「ええ! ええ! もっちろんですとも! いやあ、優秀なカテゴリー6たちのおかげで! 各世界から拉致してきた『素体』を使い潰せましたよぉ! アヒャヒャ!」
「その話は後で聞く、実験の結果だけを教えてくれ」
「んーもう、相変わらずミスター・ユージーンはせっかちですねぇ! ま、いいでしょ。結論から言えば無事完成しましたよ。我々の新たなる兵器……【アストラルA】がね!」
宇野が指を鳴らすと、部屋の中に『何か』が入ってくる。まるで操り人形のようなぎこちない動きで、ソレは姿を見せた。
オレンジ色のキカイのボディを持つ、ハゲ頭な人型のナニカ。背中に装備している小型の白いプロペラントタンクから伸びるパイプが、左胸に接続された不気味な戦士。
パラディオンたちに対抗するため生み出されたソレは、虚ろな瞳をレオンたちに向ける。顔の下半分は黒いマスクで覆われており、表情は分からない。
「今は省エネモードにしてあるのでちょぉぉっとダウナーな感じですがぁ、スイッチを入れればアラ不思議! パラディオンたちをぶっ殺すキリングマシーンに早変わりなんですよぉ! アヒャヒャヒャ!!」
「どこまで本当なのやら。ユージーン、アストラルAのデータを採りたい。次の出撃の時に連れて行ってくれ」
「……気は乗らないが、頼まれれば嫌とは言えぬ。部下と共に連れて行こう。だが、本当に役に立つのだろうな?」
「もっちろんですとも! リンカーナイツが誇る大天才の頭脳に! 不可能はありまっしぇえぇぇぇん!! アヒャヒャヒャ!!」
宇野の耳障りな声に若干の不快感を示しつつも、ユージーンはアストラルAの前に立ち優しく声をかける。
「あー、聞こえているか? これからミーがお前の上官になる。任務に参加してもらうことになる、オーケイ?」
「……承知。任務を……拝命、する。私の、使命は……」
「ほう、喋れるのか。これは驚いた。ユージーン、後は任せる。こちらもこちらで、シュナイダーと共に【プロジェクトM】に取りかからねばならぬのでな」
「分かった、後は任せておけ。ドクター・ウノも帰っていいぞ」
「あひゃひゃひゃ!! そんじゃあー、私は研究に戻りますかねぇ! 智明くんが拉致ってきた活きのいい素体が待ってるんでねぇ!」
アストラルAの『教育』を始めたユージーンを残し、レオンと宇野は部屋を出て行く。新たなる敵が、ユウに牙を剥こうとしていた。
◇──────────────────◇
その日の夜、ユウたちは城にある客室に泊めてもらうことに。寝付けないユウは、一人城のテラスにて夜空を眺めていた。
『きれい……。星がたくさん輝いてて、見ても飽きないです』
少年の眼前に広がるのは、満点の星空。尻尾をフリフリしながら、美しい星々を独り占めする。そんな彼の元に、近付く者が一人。
「ゆーゆー、隣いいデスか?」
『あ、ブリギットさん……でしたよね。いいですよ、どうぞ』
「ありがとデスマス! 失礼するデス」
同じく寝付けなかったのか、ブリギットが現れユウの隣に腰を下ろす。少しの沈黙の後、ユウは彼女に質問をする。
『そういえば、ブリギットさんはファティマママの弟子だと言ってましたけど……どんな経緯で弟子になったんですか?』
「んー、ワタシはそもそもゆーゆーを守るためにおシショー様に造られた存在デス。リンカーナイツ、ひいてはその裏にいるだろう黒幕に対抗するために」
『そうだったんですか……。でも、ママはそんなの一言も言ってくれませんでしたよ?』
「おシショー様の仲間のダンテって魔神に黙ってるよう進言されたそうデスマス。サプライズってやつらしいデスマス」
『あー、ダンテのおじさんですか……。あの人なら確かにそういうことしますね』
「デスデス。おシショー様もその方がゆーゆーが喜ぶと同意してたデスよ」
和気あいあいとした雰囲気で、二人は語らう。新たな仲間とは、友好的なスタートを切ることが出来たようだ。
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