第23話─帰ってきたシャーロット

 ワーデュルスを倒し、冒険者ギルドの依頼を終えてから数日後の昼。宣言通り、お土産をたくさん持ったシャーロットが帰ってきた。


「ただいま、ユウくんにチェルシー。私がいない間寂しくなかったかしら?」


『お帰りなさいシャロさん! ボク、いい子にして待ってました!』


「よー、案外早かったな。……にしても、すげぇ荷物だな。なんだこれ」


「ふふ、お父様がたくさんお土産を持たせてくれたの。故郷の名産品や食材をね」


 事前にユウのマジンフォンにシャーロットからのメッセージがあったため、アパートにて待っていたユウとチェルシー。


 そこに、大量の荷物を持ったシャーロットがやって来た。約束した通り、たくさんのお土産を持ってきたようだ。


 大喜びで荷物を開封するユウを微笑ましそうに見ていたチェルシーの脇腹を、シャーロットが指でつつく。


「チェルシー、ちょっと」


「あん? なんだよシャーロット」


「帝都に行く話、少し先延ばしにさせてもらうわ。ユウくんの精密検査を、リオ様がされるそうだから」


「あー、そうだな。変なモン混じりかけたわけだしなぁ。ま、そういうことなら仕方ねえわな」


 ユウに聞こえないよう、小声でそんな話をするシャーロットとチェルシー。アドバンスドマガジン授与の裏で、リオが動いていた。


 神々と連携を取る間も惜しいようで、サッサと精密検査の準備を始めていたのだ。息子の大事ゆえ、かなり迅速だ。


『おっみやげ、おっみやげ……あ、これはなんですか? シャロさん』


「ああ、それ? 私の叔母様……マリスって馬の獣人の方がユウくんのためにお守りを作ってくれたの。自分の尻尾の毛でね」


『わ、そうなんですか! じゃあこれ、宝物にしても……』


「ふふ、もちろんいいわよ。叔母様もきっと喜ぶわ」


 二人のやり取りに全く気付かず、荷物をゴソゴソしていたユウ。お土産の袋の中から、茶色と赤で装飾された円形のお守りが出てきた。


 シャーロットの了解を取り、お守りを手に取るユウ。上部に付いているヒモを使い、ネックレスのように身に着けた。


『シャロさんチェルシーさん、どうですか? 似合ってますか?』


「おう、ばっちり決まってるぜユウ。なかなかのおしゃれさんになったな!」


「ふふ、そうね。とっても似合ってるわよ」


『えへへ……』


 二人に褒められ、嬉しそうに九本の尻尾をパタパタさせるユウ。可愛らしいという思いと、尻尾をモフりたいという感情に襲われるシャーロットたち。


 ユウの了承を得て存分にもふもふさせてもらった後、荷物の整理を始めるのだった。



◇──────────────────◇



「ふう、これでよし。設備の準備は全部終わったね」


「うむ、良識のあるテラ=アゾスタル人は手元に置くに限るわ。あやつらの使う精密検査の設備……実に興味深いのう」


 同時刻、キュリア=サンクタラム……天空都市リヴドラス。街の一角にある聖ラグランジュ病院にリオとアイージャの姿があった。


 ムーテューラを介したイミーラの報告を受けた彼らは、ヴィトラの魂に汚染されかけたユウの検査をする準備をしていたのだ。


「しかし、あのままユウを帰すとは思わなかったわ。あやつらのアフターフォローは相変わらず下手くそじゃのう、リオ」


「まー仕方ないよ、僕の方からあんまりユウに関わるなって言っちゃったからね。あの日は調査の邪魔に来た【ウォーカーの一族】を叩き潰すのに忙しかったし」


 そんな話をしながら、二人は病院の設備をチェックして回る。新たに建てられたこの病院は、リオが重用している異邦人が主導して建設したものだ。


 元大学病院勤めの医者であるその人物は、日本にある最新医療の知識をリオたち異世界の民に授けた。そのおかげで、魔法と科学を融合させユウの検査が可能となったのだ。


「まあ、な。あの日……赤子に転生したユウを取り落とすという失態を演じおったからなあやつらは。あの時ばかりは肝を冷やしたぞよ」


「うん、思わず僕が終焉の者になるところだったよ」


「……冗談でもやめい、お主ならあやつよりも容易くこの世界を滅ぼせるからのう」


 十年前、ユウの転生を行った創世六神は許されざるミスを犯した。魂に隠蔽の魔法をかけたユウを、大地に落としたのだ。


 変則的な形とはいえ新たな子を授かれると大喜びだったリオと六神の間に、危うく決定的な溝が生まれるところだった。


 そのため、リオの方からユウに深く関わるなと六神に強く言って聞かせていた。ムーテューラがすぐにユウを帰したのもそのためだ。


 次にユウ関係でリオの逆鱗に触れるようなことになれば、確実に彼が自分たちから離反する。六神はそれだけは阻止したいのだ。


「えへへ、もちろん冗談だよ! ……そういえばさ、リンカーナイツもだけど【闇の眷属】の動きは大丈夫かな」


「問題あるまい、クァン=ネイドラは神々の創造した大地の中でも最も強力な結界に守られておる。悪意のある者なら、羽虫程度の雑魚すらも通さぬ」


 闇の眷属。それは、グラン=ファルダの神々や大地に生きる民の敵対者。遙か地の底にある【暗黒領域】と呼ばれる地に住まう者たちだ。


 彼らは、とある理由で遙か昔からクァン=ネイドラへ侵攻するチャンスを窺っていた。その理由こそ、かの世界が【鍋底の大地】と呼ばれる由縁。


「まあ、そうだよね。あそこは六神たちが創り出した大地の一番下にある要所だから。あそこを取られたら、一気に闇の眷属たちが雪崩れ込んでくるからね」


「うむ、ゆえに六つの指輪を用いて生み出した結界で守ってきたわけじゃが。まさか、奴らより先に異邦人の脅威に晒されるとはのう。何が起きるか分からんものよ」


 グラン=ファルダを頂点とし、幾つもの世界が縦に積み重なっている。その一番下にある、まさに鍋の底にある世界がクァン=ネイドラなのだ。


 闇の眷属にせよリンカーナイツにせよ、支配権を奪われれば他の世界の平和が脅かされる。ゆえに、昔から神々が手厚く保護してきた。


「……ねえ、ねえ様。僕は、やっぱりリンカーナイツの裏に【ウォーカーの一族】がいるような気がするんだよね。ねえ様はどう思う?」


「奴らか……。どうであろうな。あの者たちは並行世界を行き来する力を持つからのう、関係無いとは言い切れぬな」


 機材のチェックを終え、病院を出た二人は帰路に着きながらそんな話を行う。ウォーカーの一族……神々と闇の眷属に並ぶ、第三の勢力。


 全員が可能性によって分岐した『もしも』の世界である【並行世界】を自在に行き来する能力を持ち、神々とも闇の眷属とも敵対する勢力だ。


 一度はリオとその一族によって、一人を除いて根絶された……はずだった。だが、新たに一族を名乗る者たちが現れたのだ。


「そこら辺もキッチリ調べたいところだね、ユウの安全のためにも。あいつらの手にユウが渡ったら、何をされるか……」


「うむ、愛しい我が子は守らねばならぬ。であればじゃ、やはり餅は餅屋……と行くべきであろう? リオ」


「えー? 『彼ら』に頼るの? 今はもう死者として鎮魂の園でアフターライフをエンジョイしてるから、出来ればそっとしといてあげたいなあ」


 ウォーカーの一族の残忍かつ卑劣なやり口を散々味わってきたリオからすれば、かの者たちの毒牙に我が子がかかるのは耐えられるものではない。


 万が一リンカーナイツと関係があるのなら、それを暴き対策を打ち立てたい。そう考える彼に、アイージャが提案をした。


「一族どもとリンカーナイツの関係を調べ上げるには力添えがいるじゃろう。『旧』ウォーカーの一族最後の一人……フィル・アルバラースのな」


「まあ、確かにねえ……。分かった、ユウの検査が終わったら声を……あ、なんならユウと会わせてあげようかな。いざって時に頼りになるし!」


「うむ、それがよかろう。あの夫婦が没してから……もう三百年ほど経つか。まだヒーローとしての腕は衰えてはいまい」


「フィルくんたちとの出会いが、ユウにいい影響を与えてくれるかもね。……アンネローゼさんがトラウマ発動させちゃうかもだけど」


「それは事前に言って聞かせればよかろうてな。さ、もうすぐ城に着くぞよ。戻ったら政務をせねば」


 話を纏めた後、二人はグランゼレイド城に続く大通りを進む。ユウの知らないところで、両親が事を進めているのだった。

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