第22話─老兵との激闘
「ああ、かつての血が騒ぐ……! 実にいいものだ、強敵との戦いは!」
「くっ、二人掛かりだというのに押されるとはな。リンカーナイツにも、こんな実力者がいるとは!」
『わひゃっ! この状況じゃ、奥義で一撃必殺も出来ませんね……!』
歴戦の傭兵たるワーデュルスを相手に、ユウと義人は苦戦を強いられていた。相手がとにかく距離を詰め、斬り合いを仕掛けてくるのだ。
ユウの射撃や義人のウィップブレードによる中・遠距離からの攻撃を妨害するために。とにかく懐に潜り込んでくる相手に、ユウはタジタジだ。
(シルバーテイルドリラーは、一度放ったら軌道修正が出来ない……デッドエンドストラッシュも、パワーの差で弾かれるかも……)
戦いの最中、ユウはフルスロットルで頭脳を働かせる。母の一人、ファティマから教わった戦いの心得だ。
その一、如何なる状況下でも思考を止めてはならない。有利な状況なら相手がどう反撃してくるかを見極めろ。
反対に、不利な状態ならば如何にそれを打開出来るか。それを常に考え、思考停止による惰性で動くな。
その教えを胸に、ユウは考える。
(今打っても無意味ですね、どうにか相手の動きを止めないと! いや、それともスタミナが切れるのを待つというのも……)
以前行った雅との戦いでは、必殺のシルバーテイルドリラーを避けられ窮地に陥った。その経験から、無闇に奥義を放つのは控えることを決めていた。
相手は強者、下手に奥義を打てば多大な隙となりカウンターで屠られてしまうだろう。ゆえに、少年が取れる戦法は二つ。
どうにか相手の機動力を奪い、確実に奥義を当てる。あるいは、老体ゆえのスタミナの無さを利用し相手がヘバるまで凌ぐかだ。
「私のスタミナが切れるのを待つつもりならやめておいた方がいい。老いたとはいえ、日々の鍛錬は欠かしていない。そう簡単に体力は尽きぬぞ! フンッ!」
「ま、だろうね。なら……どんな手を使ってでも勝たせてもらう!」
『義人さん、何を……?』
ユウが前に出た瞬間、義人は素早くバックステップで距離を取る。ユウ諸共ウィップブレードでワーデュルスを攻撃……と思いきや。
「食らえっ!」
「ぐうっ!? 目潰しか!」
「ユウ、今だ! 脚を攻撃して機動力を削ぐんだ!」
『は、はい! ブルータルストラッシュ!』
「むぐおっ!」
義人はしゃがみながら土を手で掬い、それをワーデュルスの顔へと投げ付けた。不意の目潰しに怯んだ隙を突き、ユウは相手の右脚を斬り付ける。
「フ、なかなかやるね。立派な作戦じゃないか、少々ワンマンではあるが」
「言っておくが、パラディオンは高潔な騎士でも魔神の使徒でもない。どんな手を使おうが、お前たちリンカーナイツを始末するのが仕事。俺はそう考えている」
「ああ、何も今のやり方を卑怯だなどと非難するつもりはないよ。戦場では生き残ることが全て。そこに戦法の正道邪道はない!」
相手に勝つためとはいえ、流石に卑怯ではないかと内心ハラハラするユウだったが杞憂に終わった。
ワーデュルスもまた、残酷な戦場の生き残り方を熟知している。ゆえに、義人のやり口と言い分に非を唱えはしなかった。
立場が逆ならば、彼自身戸惑いなく今の行動を行い、すぐさま相手の喉笛を掻き切っていたのだから。
「だがね、片脚を傷付けられたくらいで戦神の実力は衰えないのだよ!」
「だろうね、だが……動きが鈍りさえすればやりようはあるのさ!」
『申し訳ありませんが、このまま押し切らせてもらいます!』
無視出来ないダメージを片脚に負ったワーデュルスだが、その動きは無傷の時とあまり変わっていない。
すでに利用出来る木が無いため、チートに頼ることなく己の技量のみで再びユウたちを押していこうとする。……が。
「うぐっ! くっ、流石にこの傷は無視出来ぬか」
「今だ! ユウ、トドメを」
「そうはいかぬ! 老いぼれても傭兵、この程度で負けてはランツクネヒト失格なのだ!」
義人の攻撃を弾いた瞬間、脚に走った痛みのせいでよろめくワーデュルス。その機を逃さず、トドメを刺せとユウに伝える義人。
が、その直後。傭兵としての誇りと意地で態勢を立て直したワーデュルスが、大剣を構えてユウへ突撃する。
『は、速い!』
「獲った! まずは一人……!?」
「そうは、いかないな……ぐふっ! 言っただろう? どんな手を使っても、お前たちを倒すのがパラディオンの仕事だと」
あまりの速さに、ユウの防御が間に合わない。勝利を確信したワーデュルスだったが、義人が割って入る。
自らを盾とし、ユウへの攻撃を防いだ。腹部を貫かれるも、ギリギリで急所は外れているようだ。
「卑劣なやり方をするだけじゃあないのさ、俺はね。お前たちを倒すためならこれくらいはするさ!」
『義人さん、大丈夫ですか!?』
「俺のことはいい! 早くこいつを倒せ!」
「くっ、なら剣を捨てて」
「させない! 片腕だけでも、お前を逃がさないようには出来るんだよ!」
一足先に剣を手放し、義人は片手でワーデュルスの胸ぐらを掴む。そして、空いた手で素早くマジンフォンのテンキーを操作する。
【1・8・2・4:ヒーリングメイル】
「な、なにを……」
「知らなかったかな? このマジンフォンには様々な機能がある。パスコードを入力することでそれらを使える……今使ったのは、魔神の再生能力を付与するものさ」
『まさか義人さん、最初からそれをアテにして……』
「ああ、即死さえしなければこの機能でどうにでもなる。さあ、早くトドメを刺すんだ!」
『は、はい!』
最初から死ぬつもりなどさらさらなく、義人はマジンフォンに搭載されている治癒の力を使い落命を免れた。
ワーデュルスの膝を蹴り砕き、今度こそ完全に相手の機動力を奪った上で蹴り飛ばす。その間に、ユウは奥義の発動準備を行う。
【レボリューションブラッド】
『これで終わりです! デッドエンド……』
「待て! ギリギリ間に合ったな、トドメを刺すのはちょっとだけ待ってくれユウ!」
『チェルシーさん!? それにクライヴさんも! 無事でしたか!』
「ああ、トレントどもを全滅させるのに少し手間取ったけどね」
ユウがトドメを刺そうとしたその瞬間、走ってきたチェルシーが待ったをかけた。少し遅れてやってきたクライヴ共々、獣化は解けている。
「なんだい? 人が命懸けで形成逆転したのを台無しにしないでほしいなあ」
「ワリぃな、どうしても一つ聞きたいことがあるんだ。おいじいさん、アンタ……左の頬にえぐれたような傷痕がある異邦人の男を知ってるか? リンカーナイツのメンバーなんだよ、そいつは」
「その憎悪に満ちた目……なるほど、君はその男を恨んでいるのだね?」
「ああ、そいつは二年前アタシの妹、エレインを殺した。あの日からずっと、アタシは追い続けてる。エレインを殺した【スカーフェイス】をな!」
倒れたワーデュルスに、そう問いかけるチェルシー。老兵は少しの間黙り込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「存在は知っている。だが、あいにく彼は別のトップナイトの懐刀でね。カテゴリー6であることと、普段はこの世界にいないということしか教えられていない」
「……そうか。ま、多少収穫があったからよしとしとくか。邪魔して悪かったな、トドメを刺していいぞユウ」
『え、あ、はい? えっと、じゃあ気を取り直して……デッドエンドストラッシュ!』
チェルシーの質問も終わり、改めてトドメを刺すことに。締まらない終わり方だなと内心思いつつ、ユウは奥義を放つ。
「がはっ……! 少年よ……最後に君のような者と戦えて、私は……楽しかっ、た……」
そう言い残し、ワーデュルスは雅同様銀色のチリとなって魂ごと消滅した。身体に刺さった剣を引き抜き、義人はかぶりを振る。
「楽しかった、か。こっちの迷惑なんて微塵も考えちゃあいない。如何にもリンカーナイツらしい自己中な思考だ」
「ま、終わったことはもういいだろ。つーか、お前平気なのか? おもっクソぶっ刺さってたぞ剣が」
「心配ご無用、ヒーリングメイルのおかげで実質的に無傷さ。もう帰ろう、ここに用はない」
不快そうにチリの山を蹴り飛ばした後、義人は一人森の外へと歩いていく。やれやれとため息をついた後、クライヴが続いた。
少し遅れて、ユウとチェルシーも二人を追って歩き出すのだった。
◇──────────────────◇
「ふむ、なるほどのう。テラ=アゾスタルの者らをバラ撒いておる者はそんなことを企んでおったのじゃな」
「ええ、このことはすぐにでもお父様の耳に入れた方がいいと思ったの」
「うむ、よう知らせてくれたのうシャロ。であれば、わしも動くとしようか」
その頃、実家に帰ったシャーロットは父親への報告を行っていた。肘掛け椅子に座っているのは、十歳ほどに見える小柄な少年だ。
彼の名はコーネリアス。シャーロットの父親にして、闇を束ねる大いなる存在……【魔戒王】の一角だ。
「ありがとう、お父様」
「なぁに、可愛い娘からの頼みとあれば二つ返事するのが親というものよ。リオの方も、神どもと密かにユウの身体検査の準備をしておるようじゃからの……わしはちと違うベクトルでアプローチしてみるわい」
少年は向かいのソファーに座っているシャーロットにそう語りつつ、毛糸玉をたぐり寄せ編み物を始める。
光と闇、二つの勢力によるユウの守護計画が動きはじめていた。
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