第15話─ユウとヴィトラ

 ユウの体内で、どちらの魂が勝つか激しい戦いが繰り広げられる。全身の血が煮えたぎるような感覚を覚え、ユウは歯を食いしばる。


 二十分近く戦いが続いた末、打ち勝ったのはユウの方だった。ヴィトラの魂を肉体から弾き出し、ついでにある程度パワーを奪うことに成功した。


『ていやあっ!』


『ぐううっ! バカな、我が競り負けるだと……!? フフ、我が器とするには……少しばかりじゃじゃ馬が過ぎたようだ』


『はあ、はあ……。ボクはお前なんかに……負け、ません……。早く、帰らなくちゃ……シャロさんやチェルシーさんのところに……こゃん!』


 高熱に苛まれ、痛む身体を押してユウは拘束用のベルトを力任せに引きちぎる。この時、彼はまだ気が付いていなかった。


 ヴィトラの力を取り込んだことで、急速に魔神の血が馴染んできていることを。フラフラと部屋を出て行くユウに、ヴィトラが声をかける。


『取り上げられた貴様の武装は、部屋を出て左に曲がった廊下の突き当たりの隠し部屋に保管されている。我に打ち勝った褒美だ、ありがたく思え』


『おもい……ません! はあ、はあ……』


 そう返答したユウは、おぼつかない足取りで廊下を進んでいく。だが、血が馴染んできたことで少しずつ体調は回復しつつあった。


『あれ、身体が……少しずつ軽くなってる。何が起きて』


「む? もしやヴィトラ様では? そのご様子ですと、肉体の乗っ取利に成功しはしたものの消耗している……といったところですか?」


『!? そ、そうなのだ。我は今とても疲れている……だが、そんなのはどうでもよい。この肉体の持ち主が持っていた装備があるはずだ、それを持って来い』


「ハッ、かしこまりました!」


 廊下を進むと、十字路のところでリンカーナイツの構成員に鉢合わせしてしまう。が、相手はヴィトラがユウを器として肉体を得たものと勘違いしているらしい。


 それっぽい口調と声色で相手を騙し、没収された装備を取り戻す作戦に出たユウ。まんまと騙された構成員は、装備品を持って戻ってきた。


「お待たせしました! お休みになられたら出撃なさいますか? それでしたら俺も」


『いえ、必要ありません。代わりに装備を持ってきてくれてありがとう、えいっ!』


「おごあっ! ヴィ、ヴィトラ様じゃ……ない、のか……!?」


 マジンフォンとファルダードアサルトをホルダーに納めた直後、ユウは強烈なアッパーを放って相手を気絶させる。


 装備を取り戻し、体調が回復しつつある今ユウがすべきことは一つ。リンカーナイツの基地から脱出し、帰還することだ。


(基地の座標をマジンフォンに登録しておけば、後でギルドのみんなで総攻撃出来ますし……。とりあえず、脱出さえ出来れば問題は)


「どこに行くのかな? 北条ユウ。下っ端は騙せてもこの私の目は欺けないよ」


『! 何者ですか!』


「私は登坂雅、この基地の守護を任された異邦人さ。どうやってヴィトラ様の魂との融合を防いだかは知らないが、脱走なんてさせないよ!」


 廊下を進むユウの前に、彼を攫った張本人が姿を現した。下っ端と違い、カテゴリー5である彼女はユウがヴィトラと同化していないことを一目で見抜く。


 手にしていた携帯用警報器のスイッチを押し、異常事態の発生を仲間たちに知らせる。けたたましいサイレンが、基地の中に響き渡る。


「久音様は報告のために本部に出発なされた。あの方が帰還なされる前に、お前への処置をもう一度施させてもらうよ!」


『そんなことはさせません! それに、何度やったってムダです。ボクの魂の方が、あんなカケラなんかより強いんですよ!』


「フン、どうせ機材のトラブルか何かだろうさ。お前たち、その少年を捕らえろ!」


「お任せを!」


 警報を聞き、複数の構成員が集まってきた。前後の退路を断たれたユウに、雅の指示のもとリンカーナイツのメンバーが襲いかかる。


「手足の一、二本は折ってもかまわない。とにかく捕らえよ!」


『そうはいきません! みんな薙ぎ倒してやります! こゃーん!』


 前後から五人ずつ、計十人。普通なら数の差でやられてしまうが、ユウは違う。一対多の戦いは、魔神ファミリーにキッチリ叩き込まれた。


 そんなユウにとって、カテゴリー1の群れ程度は敵ではない。半年かけて鍛えた体術を用いて、どんどん敵を戦闘不能にしていく。


『ていやーっ! アームアタック! テールアタック!』


「ぐあっ! このガキ、つよ……」


「尻尾ははんそ……ぐえっ!」


「チッ、使えない奴らだね……。仕方ない、この新薬を使うか。私のチートは戦闘には使えないからね」


 次々と倒されていく仲間を見ながら、雅は舌打ちする。ズボンのポケットからカプセル型の錠剤を取り出し、一息で飲み込む。


 すると、雅の身体に変化が起きる。肉体が一回り巨大化し、背中に竜の翼が、腰に尾が生えた。一時的に竜の力を得る薬を飲んだらしい。


「フウゥゥ……! 素晴らしい、力が溢れてくるよ! これなら、チートに頼らなくても戦える……フンッ!」


『うわあっ!?』


 一気にユウへと飛びかかった雅は、床をブチ抜き地下へと落下していく。基地の地下にある広い演習場にて、ユウを倒すつもりのようだ。


『ここは……!』


「驚いたかい? リンカーナイツの基地には、広い地下演習場があってねえ。ここでお前をブチのめし、おイタが出来ないようにしてあげるよ!」


『返り討ちにしちゃいます! ていっ!』


「へぶっ!」


 尻尾を相手の顔に叩き付け、拘束から逃れたユウは床に降り立つ。クァン=ネイドラに降り立ってから初となる、完全に孤立無援な状況での戦いだ。


(……思えば、これまでは近くにシャロさんやチェルシーさんがいてくれた。でも、今は……ボク一人)


 心を鎮め、ユウは一人思考する。彼の持つチート能力も、完全無欠ではない。庇護者への恩寵は、ユウ自身には何の恩恵も無いという弱点がある。


 実の母に虐待され、命を落とした時の最期の願い……誰かに必要とされたかった、守ってほしかった。そんな想いが、チートとなったものだからだ。


(でも、だからって逃げることは出来ない! ボクは決めたんだ、パパたちがボクにそうしてくれたように……今度は、ボクが誰かを助けるんだって!)


 そう決意するユウの脳裏に浮かぶのは、リオやシャーロットたちの顔。ファルダードアサルトを抜き、ユウは銃口を雅に向けた。


『さあ、来なさい! ボクは逃げも隠れもしません! お前を倒して、ついでに機密情報とか持ち帰らせてもらいます!』


「やれるものならやってごらん? 私のチート能力は直接戦闘には使えないが……」


『わっ、消えた!?』


「こうやって後ろに回り込むくらいはやれるのさ!」


 自らのチート能力【見えざる魔神の誘いシークレットフラワー】を使い、認識阻害を利用してユウの背後に回り込む雅。背中に正拳突きを叩き込む。


『あぐっ!』


「魔神の子だなんだともてはやされちゃいるが、所詮はお子ちゃま。大人に勝てる道理なんて無いのさ、それを教えてあげるよ! ドラゴンナックル!」


『そうはさせません! テイルガード!』


「そんな尻尾如きで、超強化された私の拳を防げるわけないだろうが!」


『うああっ!』


 相手の攻撃を防ごうとするユウだが、筋力・瞬発力共に強化された雅の攻撃を受け止めることは出来なかった。吹っ飛ばされたユウに、容赦ない追撃が放たれる。


「ハハハ、一人じゃ何も出来ないのかい? そら、どんどん行くよ! バーニングレイン!」


『う、そうは……させません! チェンジ!』


【メディックモード】


『ヒーリングマグナム!』


「なにっ!?」


 火球のブレスが連続で飛んでくるなか、ユウはメディックマガジンを装填しダメージを回復する。素早いステップでブレスを避け、相手の懐に飛び込む。


『確かに、今のボクは一人です。でも! 一人でだって戦えるってことを教えてあげます! フォックスぱーんち!』


「うぼあっ!?」


 渾身の一撃を受け、今度は雅が吹き飛ぶ。隙が出来たところを狙い、ユウはマジンフォンを操作する。


【0・0・0・0:マジンエナジー・チャージ】


『ここからが本番です! どこからでもかかってきなさい!』


 そう叫び、雅を睨むユウ。今、彼の中に眠る魔神の血が完全なる覚醒の時を迎えようとしていた。

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