第9話─動き出す星

 お昼ご飯におにぎり祭りをした後、シャーロットはユウを連れて散策ついでに冒険者ギルドへ向かう。パラディオンでもあり、冒険者でもあるからだ。


「そういえば、ユウくんは元から冒険者をしていたのよね? そんなことを言ってたような気がするけど」


『はい、パパたちに出会う前に……こことは違う大地で冒険者をしてました』


 ユウの記憶を見たことは伝えず、そう口にするシャーロット。ユウは苦笑いしながら答え、かつての日々を話して聞かせた。


「そう、そんなことがあったの……。酷いことをする人もいたものね、信じられないわ」


『いいんですよ、もう半年も前のことですし。今はパパやママたち家族、それに……シャロさんとも出会えましたしね』


「ユウくん……! ふふ、嬉しいわ。さ、もうすぐ冒険者ギルドよ」


 ユウの一言に、心底嬉しそうな笑みを見せるシャーロット。愛しい少年の手を引き、冒険者ギルドへの顔見せに向かうのだった。



◇──────────────────◇



『よくぞ集まった、リンカーナイツを束ねる者……【トップナイト】たちよ』


 同時刻、クァン=ネイドラのどこか。リンカーナイツの本部に、七人の男女が招集されていた。巨大な女神像の前に集った彼らこそが、組織の頂点。


 トップナイトと呼ばれる、リンカーナイツ最強の異邦人たちだ。女神像を通し、彼らを従える存在……ネイシアが語りかける。


『つい先日、このクァン=ネイドラに一人の異邦人が降り立った。その者こそ、わらわが長き時をかけて探し求めてきた至高の存在。かの者を捕らえ、連れてくるのだ』


「……かしこまりました。捕らえる際、不可逆的な損傷を与えても?」


『面白いことを聞く。わらわの手にかかれば不可逆な損傷など無いも同じ。生きてさえいればよい、生きてさえいれば……【フィニス】の器に出来る。四肢をもごうが結構、必ず生け捕りにせよ!』


「かしこまりました、全ては輪廻の女神の意のままに」


『期待しているぞ、トップナイトたちよ。だが気を付けよ、かの者……北条ユウはベルドールの魔神より手ほどきを受けた手練れ。ゆめゆめ侮ることのないよう』


 七人のうち、もっとも大きな体格の男が代表してネイシアとの交信を行う。ブロンドの髪と青い瞳、白い肌のため欧米人のようだ。


 男の言葉に合わせ、残りの六人は一礼する。女神像からネイシアの気配が消えると、七人のうち一人が礼拝堂を出て行く。


「もう行くのか、永宮久音ながみやひさね。トップバッターは任せていいな?」


「あいあい、ウチにぜ~んぶお任せ~。レオちゃんたちの出番は来ないからバカンスでもして待っててちょ~。みたいな~?」


 真っ先にユウの確保に動いたのは、派手なアクセサリーを大量に身に着けた女だ。ピンクに黄色のメッシュをキメた、ド派手なツインテールが特徴的だった。


 女……永宮久音はニヤッと笑った後、手を振って出て行った。自ら名乗り出てくれるならそれでいいと、残りのメンバーは自然解散となる。


「さて、スムーズに事が進めばいいが……どうなることやらな。ま、もし奴が失敗した時は……」


 最後に残ったリーダーの男、レオン・リーズは女神像を見上げ呟く。


「プロジェクトMを発動すればいい。それだけのことだ」


 ユウの元に、大いなる脅威が迫りつつあった。



◇──────────────────◇



「いたぞ、今回の依頼の討伐対象……ワイバーンだ。起こさないように気を付けろ」


「了解!」


「はーい!」


「任せな!」


 その頃、ラディム一行は進退を賭けた依頼に取り組んでいた。挑む相手は、巨大なワイバーン。討伐にしくじれば、彼らはAランクからBランク……を飛ばしてCランクに格下げだ。


「クソッ、何が『ここ最近素行が悪いのでギルドマスターからの心証も最悪ですよ~。なので今回しくじったら一気に二ランク降格ですからね~』だ! 僕たちの栄光を、そんなふざけた理由で終わらせられてたまるか!」


 岩山にあるワイバーンの巣に到着したラディムは、寝ているターゲットを起こさないよう小声で愚痴を呟きながら近付いていく。


 元からあまりお行儀の良くないラディムたちではあったが、以前はユウが裏で謝罪したりしていたおかげでそこまで敵視されていなかった。


 だが、ユウを引退と偽って追い出したことが明るみになってからは誰からも好意を向けられることはなくなった。因果応報という話である。


「よし、十分な位置まで近付けたな。トモアキ、やれ! ド派手な魔法でワイバーンに先制攻撃だ!」


「はいよ、任せとけ! オラッ!」


 ユウの代わりにパーティーに迎えた異邦人、加賀智明かがともあきが自身のチート能力を使ってワイバーンを爆発させる。彼の能力は、指を鳴らすことで視界内にあるものを爆破することが出来る。


 ラディム好みの派手な爆発が売りだが、この能力には欠点があった。派手な爆発が起こるが、汎用性の高さと引き換えに威力は低い。


 ワイバーンのような強大な相手は言わずもがな、人間相手でも四肢が吹き飛ぶような威力はない。大怪我はするが、致命傷にはならないのだ。


「ガルルル……!」


「目を覚ましたな、行けリリアル!」


「はいはい、行くわよ! 食らいなさい、サンダーボルト!」


 先制攻撃を食らい、目を覚ましたワイバーンの注意が智明に向いた瞬間。隠れていたリリアルが杖を振りかざし、雷の魔法を放つ。


 ユウがいた頃は、この一撃でどんな相手も打ち倒すことが出来ていた。彼のチート能力で強化されていたのだから、当たり前の話だ。


 だが、いつからかリリアルはそれを自分の実力のおかげだと勘違いするようになった。結果、研鑽を怠った彼女の魔法の腕は錆び付いてしまう。


「グルアッ!」


「げっ、全然効いてな……あびゃっ!」


「リリアルあぶねえ! オレも加勢するぜ、二人でかかりゃあこんなデカブツ!」


 強化抜きでも、リリアルが真面目に魔法の訓練をしていればワイバーンに大ダメージを与えられただろうが、今ではそれも望めない。


 ワイバーンの鱗を少し焦がす程度に終わり、反撃の尻尾を叩き込まれ吹っ飛ぶリリアル。ゴルンザが割って入り、間一髪抱き止めた。


「行くぜ、オレの大斧を食らえ!」


「グルッ……ルアッ!」


「おっと、爆発もあるぜ? 反撃なんかさせねえよ!」


 ゴルンザと智明が攻め立て、ワイバーン相手にようやく互角に立ち回れるように。ここまで、所要時間約十五分。


 ユウがいた時はこれだけ経つ頃にはもう敵を撃破している。それだけ、庇護者への恩寵を失った悪影響は大きいのだ。


「よーし、いいぞ。僕の方も魔力のチャージが終わった。エンチャントサンダー! さあ、僕の魔法剣で軽く焦がして」


「ギリャアアアアア!!」


「やべぇ、あいつ空に逃げたぞラディム!」


「くそっ、いいところなのに!」


 魔法剣士であるラディムは、魔力をチャージして剣にエレメントの力を付与して戦うスタイルだ。ユウがいた時は、彼のチートで即座にチャージを終わらせて華麗にモンスターを狩ることが出来た。


 だが、ユウを追放してから高速チャージが出来なくなり凋落が始まった。実際のところ、この半年の失敗続きの原因はほぼ彼のチャージの遅さにある。


「グルゥ……ガアッ!」


「あんのクソトカゲ、空から火炎ブレス乱射してきやがる! 悪知恵が回る奴だ!」


「これだけ攻撃が激しいと、ワイバーンを目視するどころじゃねえや! こりゃあ無理だぜ、撤退しよう!」


「ふざけないでくれたまえ、この依頼をしくじったら僕たちは終わりだ! クソッ、ユウ……お前がいなくなってから何もかも失敗ばかり……苛立たしい!」


 ラディムの存在を感知したワイバーンは、翼を広げ遙か上空へ飛び立つ。そして、天の高みから不届きな侵入者たちへ火球のブレスを放つ。


 リリアルの魔法は射程外、智明もブレスを避けるのに精一杯でチート能力を使う余裕がない。遠距離攻撃手段も、空を飛ぶすべもない。


 ワイバーンを引きずり下ろす手段が無い以上、依頼の失敗は火を見るより明らかだ。それでも、進退がかかっている以上ラディムは諦めない。


「クソッ、降りてこい! ここまで登り詰めたのに、栄光を失うなんて嫌だ!」


「ガル……グアッ!」


「やべえ、足場が崩れ……うおおおおお!?」


「きゃあああああ!!」


「おおお、落ちるぅぅぅぅ!!!」


 特大のブレスが放たれ、ワイバーンの寝床を崩壊させる。瓦礫と共に滑りおちていくラディムたちは、観念して転移石テレポストーンを使い離脱した。


 この瞬間、彼らのランク降格が決定した。だが、これは彼らの没落のほんの始まりに過ぎない。ラディムたちの地獄は、ここから始まるのだ。

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