第7話─ユウの前世

 大掃除で一日を使い果たしたユウ。リビングに置いてあるソファーで寝てしまった彼が目を覚ますと、すでに翌日の朝になっていた。


「あふ……」


「おはよう、ユウくん。ふふ、寝起きだと生の声が出ちゃ」


『!! ご、ごめんなさい! い、今のは聞かなかったことにしてください!』


 かなり疲れたため、熟睡していたユウ。寝ぼけた彼は、普段の念話ではなく肉声を発した。それをシャーロットに聞かれたと脳が認識した瞬間、とんでない怯えようでソファーから転げ落ちる。


「ゆ、ユウくん!? どうしたの、そんなに謝る必要なんてないのよ?」


『ごめんなさい、ごめんなさい……ちゃんと話せなくてごめんなさい、普通の子に産まれてこられなくてごめんなさい……』


 一足先に起き、キッチンで朝ご飯を作っていたシャーロットは慌てて駆け寄る。ユウに声をかけるも、聞こえていないのか不穏な言葉を呟き謝るばかりだ。


「一体どうしてしまったのかしら? ……ごめんね、ユウくん。そしてリオ様。この状況を解決するには、この子の記憶を見て原因を突き止めるしかないわ」


 このままではどうにもならないと判断したシャーロットは、何故ユウがこうなってしまったのか原因を探ることを決めた。


 勝手に記憶を見ることを謝罪し、父から教えられた記憶を覗く魔法を発動する。そして、少しずつ過去にさかのぼりながら変貌の原因を探す。


「これは……リオ様たちとの生活の記憶ね。違う、これじゃない……ラディム? ユウくんをくだらない理由で追い出すなんて見下げ果てた男だわ。でも、この男も原因じゃない……」


 リオたち魔神一族との半年に渡る生活、そしてラディムにパーティーを追放された時の記憶。ここまでに原因は無いと判断し、さらに過去を見る。


「最低男との冒険者生活……違う。孤児院での生活……ずっといじめられてたみたいだけど、これも違うわ。となると、やっぱり前世……」


 二度目の人生に変貌の原因は無いと判断したシャーロットは、魔法の効力を強め前世の記憶を垣間見る。そうして、彼女が見たのは……。


『この出来損ない! なんでここの計算を間違うの、それでもお前は完璧な存在である私の子なわけ!?』


『ご、ごめ、ごめなさ……ひうっ!』


『謝る暇があったらやり直せ! お前は私と天才科学者の遺伝子から産まれた存在なのよ、四歳で因数分解が出来ないなんて言い訳はさせないわ!』


「な、なにこれ……なんなの、この女は。ユウくんの母親……なの?」


 窓一つ無い暗い部屋で、ユウが母親らしき女に殴られている場面だった。女は興奮した様子で、倒れ込んだユウをさらに殴る。


『お前は! 北条財閥の当主である! この北条魔夜ほうじょうまやの完璧さを引き立たせるための道具なのよ! その役目を果たせないなら、破砕機に叩き込んでミンチにするわよ!』


『ご、ごめ……ひぐっ、うえ……』


『泣くんじゃない! まったく、吃音もまるで治る気配が無いし……本当に出来損ないねお前は。こんなガラクタ産むんじゃなかったわ』


 ユウを見下ろし、冷たい目で睨み付ける魔夜。その光景を見て、シャーロットは強い怒りを覚えた。


「この女、気でも狂ってるの? 自分の子に……よくもこんな仕打ちが出来るわね!」


「うんうん、許せないよね。僕も最初コレを見た時は速攻でテラ=アゾスタルに乗り込もうかと思ったよ」


「!? り、リオ様!? どうしてここに!?」


 怒りに燃えるシャーロットの背後から、リオの声が聞こえてきた。驚いて振り向くと、そこには魔神たちの長がいた。


「誰かがユウの記憶を覗き見た時、僕にそれが伝わるよう魔法をかけてあるんだ。で、仕事を他の子に頼んで大急ぎで来たのさ」


「リオ様……あなたと奥方様たちはユウくんの前世を」


「うん、知ってるよ。全部ね。でも、それを話す前にまずはユウを寝かせてあげないとね」


 そう口にすると、リオは尻尾を伸ばしてうずくまるユウに触れる。眠りの魔法により、ユウは深い眠りに着いた。


 ついでに忘却の魔法もかけ、起きてからの一部始終を記憶から消し去る。これで、ユウの心の平穏は保たれることになった。


「……この子はね、僕なんかよりよっぽど酷い人生を生きたんだ。そして、五歳で死んだ。信じられる? 自分の親に殺されたんだよ、ユウは」


「私には……私には、理解出来ません。自分のお腹を痛めて産んだ子を、平然と殺すようなクズの思考が」


「……僕たちもさ。ユウのトラウマを刺激しないように、このことはシャロちゃんにも伝えないようにしたんだけど裏目に出ちゃった」


 尻尾でユウの頬を撫でながら、リオはそう口にする。それを見ていたシャーロットは、血が出るほどに拳を握り締めた。


「リオ様……。私、決めました。もう二度とこの子がトラウマに苛まれずに済むように。ずっと支えていくと。笑顔と幸せをたくさんあげると」


「ありがとう、シャロちゃん。やっぱり、君にユウを託してよかった。……ユウはね、肉声を聞かれたり上から目線で睨み付けられるのがトラウマなんだ。そこを気を付けてあげて」


「ええ、分かりました。肝に銘じておきます」


「ユウのこと、頼んだよ。……ああ、それと。この子を狙う邪悪な存在がいる。僕は今、そいつの正体を暴くために奔走してるんだ。何か分かったら教えるよ、じゃあまたね!」


 そう言い残し、リオはキュリア=サンクタラムへと帰っていった。シャーロットはユウをソファーに寝かせ、朝食作りを再開する。


 しばらくして、ユウが目を覚ます。何事もなかったかのように、元気いっぱいに伸びをしながら。


『ふああ……おはようございます、シャロさん!』


「ええ、おはよう。ぐっすり寝てたわね、朝ご飯もう少しで出来るから待ってて」


『そんな、ボクも手伝いますよ。ここに住まわせてもらうお礼をしたいんです!』


「そう? それじゃあ食器を並べてくれる? そこの戸棚に入ってるから」


『はーい!』


 元気よく返事をしたユウは、キッチンの手前にある食器棚へ走る。その様子を見ながら、シャーロットは唇を噛み締めた。


(ユウくん……あなたは本当に強い子なのね。あんな悲惨な前世があって、それでなお……前を向いて生きている。その強さ、本当に見習わなきゃね)


 そう心の中で呟きながら、シャーロットはおにぎりを作る。中身は梅干し、シャケ、ツナマヨ、おかか、ミートボールの五種類を二つずつ。


 さらにサラダと甘エビの味噌汁、ソーセージと卵焼きを作った。朝はいつも、このメニューなのがシャーロットのこだわりだ。


『わあ! とってもいい匂いです! 美味しそう……』


「食べ盛りだから、たくさんおにぎりを作ったの。遠慮しないで好きなだけ食べて? 足りなかったらおかわりも作るから」


『ありがとうございます、シャロさん。じゃあ、いただきます!』


「いただきます」


 ユウが並べた皿やボウルに料理を盛り付け、朝食を食べる二人。和気あいあいとした雰囲気のなか、食べ終えた二人は食器を洗って棚にしまう。


『ごちそうさまでした! シャロさんの朝ご飯、とっても美味しかったです!』


「ふふ、たくさん食べたわねユウくん。さて、この後はどうしようかしら……。うん、今日は街の散策でも」


 お茶を飲み、のんびりするユウとシャーロット。だが、その時。リンカーナイツに与する異邦人の接近を知らせるアラームが、机に置かれたくマジンフォンから響き渡る。


「! どうやら、そうのんびりしてもいられないみたいね。ユウくん、準備はいい?」


『はい! 食後の運動に軽くやっつけちゃいましょう!』


「そうね、行くわよ!」


 二人はマジンフォンを手に取り、アパートを出て行く。二人が街を出た次の瞬間、足下に魔法陣が現れどこかに転送されてしまう。


「グッモーニン、薄汚い未開種のお二人さん? 気持ちのいい朝ねえ、お前たちの命日にするにはピッタリだと思わない?」


「ええ、そうね。その言葉をそっくりお返しさせてもらうわ」


『リンカーナイツの手の者ですね、名を名乗りなさい!』


 転送された先の岩山の広場に、水城場英美里が待ち受けていた。ユウに問われ、英美里は得意気に己の名を伝える。


「ふふふ、私は水城場英美里。最近好き放題してくれてるお前らパラディオンを殺す、美しい戦士よ」


「美しい? プッ、どこがよ。あんたなんかより、そこら辺をほっつき歩いてるトロールやオークの方がよっぽど麗しい顔してるわ」


「な、な、な……!? よくもこの私を侮辱してくれたわね! チート能力で念入りに切り刻んでやるから覚悟しなさい!」


「やれるものならやってみなさい。闇の矢で心臓を貫いてあげるわ」


『今回からはボクも戦います! 初陣頑張るぞ、こゃーん!』


 リンカーナイツ、第二の敵……水城場英美里との戦いが幕を開けた。

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