第6話─新しい生活の始まり

「う、ぐお……やべ、力が抜ける……。もうダメだ、降参だぁ……」


 渾身のカウンターを食らったクライヴは吹っ飛ばされ、地面に背中から叩き付けられる。教官としての意地を見せ、立ち上がろうとするが……。


 予想以上のダメージを負ったようで、立ち上がれず完全にダウンしてしまった。歴代最速記録を更新し、ユウは実技試験をクリアしたのだ。


「おい、マジかよ!? まだ始まって五分も経ってねえぞ!?」


「タフさなら右に出る者のいないクライヴが、瞬殺されちまうとは……」


「とんでもねえ大型新人だな、こりゃ大物になるぞ! はっはっはっはっ!」


 予想外の展開に、観衆は大盛り上がりだ。一方、当のユウは倒れたまま動けないクライヴの元に歩み寄る。


『あの、ごめんなさい。張り切りすぎて全力で撲っちゃいました……大丈夫ですか?』


「ああ、なんとか……。にしても、こんな小さい身体でこの威力か。末恐ろしいなこりゃ」


『お詫びにダメージを癒やします。パパたちに貰った、この【アドバンスドマガジン】を使って……チェンジ!』


【メディックモード】


 ユウは右手に持ち替えた銃を、グリップの底面が下に来るように持ち下へ降ろす。そして、右腰のホルスターに納めていたマガジンをセットする。


 すると、音声が鳴り響いた。ユウは銃口をクライヴに向け、癒やしの力を纏った緑色の弾丸を放つ。


『ヒーリングマグナム!』


「うおっ!? いきなり何す……お? すげえ痛かった顎が治ってやがる! こりゃ驚いた、治癒の力も使えるとはな」


『さっきのお詫びということで……。だから、その……ご、ごめんなさい』


「なぁに、気にするなって。教官やってりゃ、試験で怪我の一つや二つ負うもんだ。いちいち怒りゃしねえよ、おとなげないからな! ハハハハ!!」


 妙にオドオドしながら、ユウはクライヴに謝る。豪快に笑い飛ばした後、クライヴはユウの試験合格を宣言する。


「北条ユウ、お前の実力は見せてもらったぜ! オレを一撃でノックダウンしちまうくらい強いんだ、お前なら……そうだな、Aランクからでも問題ないだろ!」


『いきなりそんな高いランクでいいんですか……?』


「ああ、もっと自信持ちな。お前はそれだけ強いってことさ。さて、これにてお開きだ! 仲間への勧誘はギルドに戻ってからやれよ、お前ら! 掃除が面倒だからな! じゃ、お疲れさん!」


 クライヴが指を鳴らすと、ユウとシャーロットはギルドの受付スペースに戻ってきた。一息つこうとするも、そこにパラディオンたちが殺到する。


「坊主ゥゥゥゥ!!! 俺と組め! な!? 悪いようにゃしねえよ、報酬の取り分はそっちが七割でいいからよ!」


「いーや俺と組んでくれ! あの強さに加えてよ、お前異邦人だってんならチート能力もあんだろ? 仲間にした方が得ってもんよ!」


「ちょっと割り込まないでくれる!? 私だってこの子仲間に勧誘したいのよ! 可愛いしね! もふもふだしね!」


『わわわわわ……!?』


「きゃー、可愛い! お持ち帰りしたい! 餌付けしたーい!」


 大勢の人々に囲まれ、どうしたらいいのか分からなくなってしまうユウ。とりあえず尻尾を広げ、自分を包み込んで毛玉モードになりやり過ごそうとする。


 尻尾の隙間からチラッと外を覗くユウの小動物的な愛らしさにやられ、一部の女性パラディオンがエキサイトし始めたその時。


「はい、そこまで。残念だけど、あなたたちにユウくんは任せられないわ。リオ様からじ・き・じ・き・に。私にユウくんを任せるって手紙を貰っているのよ。ほら」


 シャーロットが手を叩き、その音で仲間たちを静まらせる。懐から取り出した手紙を見せながら、得意気な顔でそう口にした。


「げっ、その青い盾の封蝋は! ぐぬぬ、パラディオンギルドの創設者直々の指名かあ……」


「それじゃあ諦めるしかないわね。リオ様怒らせると怖いから……」


 大切な我が子だからこそ、もっとも信頼出来る存在に託したい。そんな思いから、リオは親友の娘であるシャーロットを選んだ。


 彼女に送られた、青いカイトシールドの封蝋が施された手紙こそがその証。リオの文言に逆らうということは、それなりの『お仕置き』を覚悟せねばならない大罪だ。


「そういうこと。じゃ、行きましょうユウくん。私たちが使ってるアパートに案内してあげる」


『あ、はい。皆さん、その……また今度』


 毛玉モードを解除したユウは、シャーロットと共にギルドを後にする。そんな彼らの一部始終を、覗き見るものがあった。


 隠蔽の魔法で姿を消し、あらゆる探知魔法をすり抜ける小さな球体の監視装置。リンカーナイツの情報収集装置、通称『神の目』だ。


「ほー、こいつは面白いモンを見たな。魔神が直々に送り込んできた刺客ねえ」


「まだまだ尻の青いガキねえ、あの程度ならカテゴリー5である私が仕留められるわ」


「おいおい、油断すんなよ。一緒にいるのはシャーロットだ、るなら気ィ引き締めろ」


「はいはい、アンタは心配症ねえ。安心しなさい、チャチャッと片付けてくるから。この水城場英美里みずきばえみりがね」


 ニムテの街から遠く離れた、クァン=ネイドラのどこか。険しい岩山の中に築かれたリンカーナイツの基地の中に、二人の男女がいた。


 そのうちの片方、水城場英美里という女は出掛ける支度をする。ユウを始末しに向かうようだ。ライムグリーンのコートを着て、監視室を出て行く。


「行ったか。ま、あいつがどうなろうがオレの知ったこっちゃねえ。ここでじっくり観察してやるよ、新人のチート能力をな」


 男の方は、英美里の手助けをするつもりはカケラも無いらしい。それどころか、彼女を捨て駒にしてユウの実力を測るつもりでいた。


「ここ最近、パラディオンの連中が活気付いてウザッてえからな。さっさと対抗策を上層部うえが考えてくれりゃいいんだが」


 そんなことを呟きながら、男は神の目による監視作業へと戻るのだった。



◇──────────────────◇



「さあ、着いたわ。ここが私たちパラディオン専用のアパートよ」


『わあ、大きいですね。ボクも今日からここに住むんですね?』


 その頃、ユウとシャーロットは街の北東にある専用の住宅地に到着していた。パラディオン用のアパートが建ち並び、近くには商店街や酒場もある。


「ええ、ちなみにユウくんは私の部屋に住んでもらうことになってるわ。小さい子の一人暮らしは大変だから、私がサポートしてあげる」


『そうなんですか……ありがとうございます、シャロさん』


「ふふ、これからよろしくね。さ、私の部屋に案内してあげる。A棟の三階にあるの」


 アパートは合計六つ、全て四階建て。一つの階につき部屋の数は五つ。家族住まいやシェアハウス等を除いても、百二十人も住める数だ。


 アパートの出入り口は、マジンフォンを用いたセキュリティ装置が設置されていた。専用の読み取り台にマジンフォンをかざすことで、扉が開くようだ。


「ユウくんのマジンフォンはもう登録してあるはずだから、このまま入れるわよ」


『あの、もしマジンフォンを忘れちゃったりした時はどうすればいいですか?』


「その時は、面倒だけどギルドで手続きしてね。間違っても強行突破しようなんてしちゃダメよ、守衛ゴーレムが飛んできて叩きのめされるから」


『き、肝に銘じておきます』


 わりと物騒なことを言うシャーロットに頷き、ユウも自身のマジンフォンを装置にかざす。装置上部にあるパネルの色が緑から青に変わり、ロックが解除された。


 玄関をくぐり、エントランスに入った二人。隣接する守衛室の小窓からこちらを見ている守衛ゴーレムに会釈した後、三階にあるシャーロットの部屋に向かう。


「いらっしゃい、ユウくん。ここが今日からあなたの家よ。あんまり片付いてなくてごめんなさいね」


『今日からお世話になります、シャロさん! ……それにしても』


 シャーロットが住んでいる部屋は、居室二つにリビング・ダイニング・キッチンが揃っている構成になっていた。のだが。


 本人が言うように、まずリビングからして散らかっていた。脱いだ服やら本やら、乱雑に置かれている。居室の方はもっとひどい有様だろう。


『本当に散らかってますね。お掃除とかしないんですか?』


「あー……私、お嬢様育ちだから? お掃除は苦手なのよね……料理は出来るけど」


『……まずはお片付けからしましょうか。お掃除は得意なので任せてください。やり方教えるので手伝ってくださいね?』


「……はい」


 戦場では凛々しく強く格好いいシャーロットも、私生活はわりとダメダメらしい。ユウの圧に屈し、夕方まで部屋の掃除をする羽目になったのであった。

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