第59話【人間は大体この三つの分類の分けることが出来る】
凡人。
非凡人になりたい凡人。
非凡人。
人間は大体この三つの分類の分けることが出来ると、ラーシャ・ミカエリスは考えている。勿論一部例外はある。
ラーシャの考えでは、凡人は、言葉から連想される通りの平々凡々な人間で、そして、何かに服従する人物のことを指す。
非凡人になりたい凡人は、凡人と非凡人の間に存在する壁を打ち砕こうとするが、結局打ち砕けない人物のことを指す。
非凡人は、壁という壁を人より気にせずにいられる人物のことを──時代を作ったり、自らの思想に従い続けられる人物のことも指す。
この非凡人は、天才だけでなく、異常者なども含まれる場合がある。天才だからと言って、異常者だからと言って、非凡人とは限らない。才能のある凡人、異常な凡人も、存在している──というのが、ラーシャの理論だ。
この理論に当て嵌めると、クオーレ、シエル、エーレ、デリット、ナーダ、ミーネ、アインツィヒ、ラインハイトは、凡人。アルム、ニコライ、ミウリア、ラーシャ、リューゲは、非凡人になりたい凡人。ウテナ、ストラーナ、アルト、エンゲル、フェージェニカ、ゼーレ、ファルシュ、ユーベルは、非凡人。
メランコリアは例外だ。正気が殆ど残っていないからである。凡人とか、非凡人とか、そういう括りで図れる人物ではない。
アインツィヒは一般的には非凡人と思われそうだが、彼女は才能のある凡人だ。あくまでもラーシャの理屈では。
世が世なら、国を揺るがせることが出来るミウリアは、限りなく非凡人に近いが、それでも、非凡人と括ることは出来ない。非凡人に近い非凡人になりたい凡人だ。
ウテナとゼーレは、非凡人になりたい凡人になろうと思えばなれる非凡人。
凡人。
──アインツィヒ・レヴォルテ。
非凡人になりたい凡人。
──ニコライ・ドゥナエフ。
──ラーシャ・ミカエリス。
非凡人。
──ユーベル・シュレッケン。
果たしてどんなことが起きるのだろうか。
「構いませんが、先にこちらから質問しても宜しいですか?」
「うん、いいよ」
「ケントニス先生とはどういったご関係なのですか?」
「不老の異能力について研究しているって話は聞いているよね? 流石に」
「粗筋程度のことなら聞いております」
「俺がその異能力者。不老っていう異能を持っているの。研究対象と研究者の関係って訳。見た目こんなんだけど、かなり歳いってるんだよ、俺」
彼が不老の異能力者であることは、予測の一つとして存在していので、そこまで驚かなかった。
一人称が俺くんから俺に変化していたの方が、余程気になったくらいだ。
「……そういうご関係なのですね」
「ここの研究所については、あの人からどれくらい訊いている?」
「それについてはあまり。ケントニス先生の恩師から受け継いだ研究所であるということくらいしか……後は、元々はケントニス先生の恩師の母君が所有していたとは聞きました」
「その程度のことしか話していないんだね、あの人」
妙に冷たく印象を受ける言い方だ。遠くを見詰める
「
浮舟因幡のことについて語ると一転して、どこか悲しそうな雰囲気を出す。遠くを見詰めていることには変わりないが、意図は全くといいほど違う。
「浮舟
母親から研究所をぶん捕ったのに、二年くらいで研究所ごと研究対象を捨てるのは、「何つーか酷ぇな」と思ったが、詳しい事情を知らない身でそのようなことを言わない方が良いと思い、アインツィヒはただただ黙っていた。
「かなりの変わり者だったよ。性格が終わっている人で、死にたくない訳でもなかったし、老いるのが嫌って訳でもなかったのに、どうして不老の異能力者について研究しているのかと思った。まあ不老の異能力者って、かなり珍しいから、珍しいものを調べてみたいなぁくらいの動機だったのかもね」
「好奇心を満たすためだけに、親から研究所奪って、二年間の時間を費やして異能力について研究してたってことですか? それで、興味が失せたから、研究所を研究対処と弟子と共に捨てていったということなのでしょうか?」
「多分そんなところだね。というか、敬語使わなくていいよ。俺はただ長く生きただけでの人生経験を積んでる訳じゃないからね。寧ろちゃんと学校に通ったりしているキミの方が、遥かに人生の先輩しているよ」
己のことを、ただ生きただけの人間であると思っているアインツィヒは、ただ長く生きただけでも、年数を重ねている彼の方が人生の先輩だと思ったが、言い合いになると面倒だと思い、黙って続きを待つ。
「因幡ちゃんは、ウテナちゃんって女の子と似ているっぽい。逆か。年齢的には。因幡ちゃんに、ウテナちゃんが似ているのか。とにかく、似ているらしいんだよね、弟子のアルト先生が言うにはの話になるけど」
ウテナに似ている人物が、この世に存在しているのか。あれほど性格と性質に問題のある人間は早々いないというのに。
前世では幼馴染で、兄である
「ウテナちゃんって子を、一〇〇倍酷くして、慈愛の心を失くせば、因幡ちゃんに似るらしいよ」
しかも、ウテナより酷いらしい。
ウテナから理性を失くせば、因幡という人物になるのだろうか。
「ウテナちゃんって子とキミって、先生の話を聞く限り、それなりに交流のある知り合いなんでしょ? どんな関係なの?」
「同じ屋根の下で暮らすほど親しい仲ではある」
かなり好かれている自覚はあるが、正直どうしてあそこまで好かれているのか分からない。特別な相手だと思われているみたいだが、そこまで思われるようなことした覚えなく、心当たりは全くと言っていいほど皆無。付き合いが長い程度。
「キミみたいな子に出会えなかったら、そのウテナって子も、因幡ちゃんみたいになっていたかもしれないねぇ。弟子のあの人が似ているって言うぐらいだし、相当なんだろうね」
「…………」
「こんなこと言われたら、気分が悪いかな? 親しい相手みたいだし」
「いや、全然」
ユーベルがミウリアを絶対に害することがないように、ウテナがアインツィヒを害することがないだけで──彼女が極悪人であるという事実は、どう足掻いても変わらない。
「ウテナちゃんはアインツィヒちゃんのことを大事にしてる?」
「してる、とは思う。そりゃもう過剰なくらいで──親友相手には重過ぎるぞ」
メーティス学園で様々な出来事が起きたが、アインツィヒは傷一つ負うこともなく、それどころか危険な目に遭っていない──ウテナだけのお陰ということはないが、ウテナのお陰であることは間違いのだ。
「だろうね──因幡ちゃんがキミみたいな子と出会ったら、過保護になるだろうね。過剰なくらい大事にする筈だよ」
「何でそう思うんだ?」
「凡人だからだよ。凡人じゃない人間を畏れない凡人っていうのは、結構貴重だからね──特に因幡ちゃんみたいなタイプだと、尚更」
「そうか?」
「特別視しないじゃない、キミ。そういうところが好かれている理由なんだと思うよ」
「正直納得は出来ねぇな」
「出会ったばかりの奴の意見なんて、そりゃあ納得出来ないだろうね。別にいいよ。議論したい訳じゃないし。ただ思ったことを言いたいだけだからさ、こっちは」
思ったことを言う。
これは結構高度な行為だ。
これを言ったら良くない、これを言ったら面倒臭い──そういうことを考えて、言いたくても言わないということを、人生で何度も繰り返す。
「アインツィヒちゃんが、特別枠で選ばれたのは──アインツィヒちゃんの、そういうところに、アルム先生が目を付けたから、だと思うんだよ」
「そういうところ?」
「特別視しない、畏れないところ──要するに、俺が内心を吐露してくれるような相手として、丁度良い存在だと思って、バイトの話を持ち掛けたんだと思うよ」
実際、思ってることをかなり口にしちゃったし──と、アルトは花萌葱の瞳で、アインツィヒの姿をじっくり眺め、哀愁漂う笑顔を見せる。
「アインツィヒちゃんに影響される俺を見ることが、アルム先生の最大の目的──他の人達は比較のためのオマケってところかな」
オマケ扱いは酷くないかと思うと同時に、オマケにも本命と同等の給料が支払われるなら、悪くない話なのではないかと思う。
人によっては、前者を強く取るのだろう。
人によっては、後者を強く取るのだろう。
アインツィヒは、両者を同じくらいの強さで思うのであった。
「言い方は悪いけど、姑息なやり方だな。そして上手いやり方とも言えない。少なくとも、研究者がやることじゃないよな。心理学の研究者なら、そういうやり方もあるんだろうなって納得出来るけど、異能力の研究者がすることとしては──まあかなり悪手な部類に入るんじゃねぇか?」
研究者について一家言があるとかではないが、身近な研究者達の姿を思い浮かべると、どうも研究者らしさに欠けると感じてしまう。
研究者らしさとは一体どういったものなのかと問われたら、何も答えられないが、それでもらしくないと感じてしまうものがあった。
「うん、まあ、そうだね。その通りだよ。それに関しては反駁を述べること出来ないし、述べようって気にもならないよ。けど、実際上手くいっている訳だし、否定ばかりすることも出来ないんだよね、俺的には」
色々話したと言っているくらいだし、結果的にはそうなのだろう。
「結果論ではあるよな」
「こんな上手くいくかどうか分からないことに、数十万もお金を出すくらいには、アルム先生も追い詰められているんだろうね。何も得られていない、成果のない研究に、時間も金も浪費している現状に、焦燥感に駆られているんだろうねぇ」
一応は自分のことでもあるのに、他人事といった態度で、どうでも良さそうだ。どちらに転んでも、最終的な結果は同じなのに、と言いたげな態度だ。
「どうでも良さそうだな」
「ぶっちゃけると、どうでも良いとまではいかないけど、あんまり関心がないのも事実だからね。上手くいったなら良かったねとは思うけど、ただそれだけ」
それを人はどうでも良いと言うのではないだろうか。
「アルム先生のこと、嫌いじゃないけど、好きじゃないんだよね。面倒を見てくれている恩は感じているけど、それも研究に協力することへの対価だし、凄く恩を感じているってほどじゃない」
ツッコミを入れたくなるところはあったが、深入りするべきではないと思い、疑問を口にすることはなく、「そうなのか……」とだけ呟く。
「何だろうね、合わないんだよね。嫌いって言うほどじゃないんだけど」
「まあ、合わない相手っていうのは、どこにでも存在するからな」
理屈ではなく、感覚的にどうしても合わない相手というのは、どうしても存在する。世話になっているし、そのことに微量ながら恩は感じているけど、どうしても好きになれないのだろう。
一方的に世話されている訳でもない。
どう思うかは自由だ。思うだけなら、いくらでも許されていい筈だ。内心の自由は守られるべきである。そしてまた、偶発的に出会った相手にそれを零すのも、一つの自由だ。この内容をアインツィヒが、アルムに告げ口しても気にしないという条件付きで、だが。
勿論、彼女は告げ口する気などサラサラない。
したところで、メリットが何もないからだ。
面倒事が増えるだけになる公算の方が高い。
ただでさ、ユーベルというトラブルメーカーがいるのに、自分から問題を起こすなんて御免被りたいものだ。
「キミは死にたくないと思う? 長生き出来るならしたいと思う?」
「死にたくはねぇし、長生きはしてぇけど、不老になりたいとは思わない」
「理由を聞いてもいい?」
「俺様は若くても意味ねぇだろ。友達と一緒に歳を重ねる楽しみがなくなる。理由なんて、こんなもので十分だろ」
花萌葱の瞳を大きく瞠らせると、何かを咀嚼するように彼女を凝視し、いくつかの幻想を脳裏に浮かべると、納得したような、諦めたような笑顔を作る。
「俺も、いつかそんなことを言ってみたいよ……それとも、若い頃は、自分の異能を自覚する前、もしくは直後くらいなら、そんなこと言えたのかな」
彼女に語り掛けるというよりは、独り言を紡いでいるような語り口調だ。
「その感覚、大事にした方はいいよ。忘れるのは簡単だけど、思い出すのは楽じゃないからね」
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