第51話 結婚式


窓の外では春めいた風が吹いているが、カゼインの部屋の中には冷たい空気が層をなして積み重なっているようだ。


「カゼイン、どうして俺にあの紋様を託した?」


コルドールは、東の国境の砦で宰相トルガレを死に追いやった、キリトの幻覚を見せる紋様について聞いた。カゼインは顔の皺を一層深めて答えた。


「…宰相殿から打診があったのです。レイル様への忠誠を捨て、自分に付かないかと」


「……トルガレには何と答えた?」


「レイル様を弑すことが出来たのなら、宰相殿に付きましょう、と」


「…それでいて俺にあの紋様を渡したのか」


「宰相殿はキリト様の魅力に取り憑かれ、計画も杜撰なものでした。それに、癒しの力を持つキリト様もレイル様に付いています。万に一つも宰相殿の勝ち目は無いように思われました。それにも関わらずレイル様が命を落とすような事があれば、それまでのこと」


「…王はどちらでも良かったと言うことか」


「左様、異能の衆が平穏無事であれば、どちらでも。ですが、一度はレイル様に忠誠を誓った身なればと、自分に出来ることをしたまで」


「……覚えておこう」


コルドールは身を翻すとカゼインの部屋を出て行った。



********



段々と暖かい日が増えて、気づけば春がすぐそこに来ている。


「キリト様、腰が引けてますよ。もっと腹を引き締めて」


コルドール配下の騎士ジャンが、剣を振るキリトに声を掛けた。


「これ以上、無理、お腹が筋肉痛になる…」


キリトはジャンに指導してもらいながら、王宮裏の鍛錬場の片隅で剣の素振りをしていた。

薪割りだけじゃつまらないからと、キリトが剣の稽古を言いだしたのだった。


「もうすぐ式なのに、こんな事をしていて良いのですか?」


「衣装合わせも予行演習も、もう終わったもの」


キリトは、レイルとの結婚式を明日に控えて、どこか地に足が付かないような、ソワソワとした気分だった。その気分を振り払うように剣を振る。



東の国境の砦からレイル達一行が王宮に帰ってみれば、王宮内はレイルと宰相の不在のせいで混乱を極めていた。

宰相不在のまま、レイルは冬中ずっと執務に明け暮れたのだった。一人時間を持て余すキリトを、ジャンが度々こうして相手をしてくれた。


「なんだか実感が湧かないな」


「そうですか?我々騎士達は散々に行進の練習をやらされて、実感沸きまくりですが」


「そうだったんだ。それは大変だね」


「それも明日でやっと終わりです」


「明日、か」


キリトは剣を持つ手を下ろして、春霞の空を見上げた。



********


結婚式当日は朝から良く晴れて暖かい風が吹いていた。


「キリト、凄く綺麗だ」


メイド長に案内されて、レイルが部屋に入って来た。


レイルは黒地に複雑な銀糸の刺繍が入った上下を着て、肩から青いマントを羽織っている。


一方キリトは、白地に金糸の刺繍が入った服を着ていた。戴冠式の時とは色が逆転したようだ。キリトはその上に、裾を引くほど長く薄いベールを頭から被っている。ベールにはキラキラと光を反射する硝子の粒が等間隔に縫い留めてあった。


「レイルも、すごく格好良いよ!」


にこにこと笑うと、キリトはより一層輝いて見えて眩しいほどだった。





王宮中央のドームの扉を開けると、扉から突き当たりの台へと続く通路の両脇には沢山の人が並んでいた。

レイルとキリトは腕を組み、ゆっくりと通路を進んだ。キリトの長いベールがさらさらと音を立てて二人の後に続いていく。


中央の台には紙が一枚置かれている。レイルから順に黒いインクで名前を書き入れると、二人は大勢が見守る中で声を張って宣言した。


「私はキリトを生涯の伴侶とすることを、ここに誓う」


「私はレイルを生涯の伴侶とすることを、ここに誓います」


わっと歓声が上がり皆が拍手する。二人の結婚を祝う声はいつまでも止まなかった。




レイルとキリトは、観衆に見守られながらドームを出た。春の始めの風が二人の髪を靡かせていく。王宮の門を出ると、飾り立てられた四頭引きの豪奢な馬車が止まっていた。


「キリト、手を」


レイルが眩しそうに緑の目を細めて微笑んで言う。


「ありがとう」


キリトは微笑みを返して、レイルに手を引かれて馬車に乗り込んだ。


王都の中央通りを通ってぐるりと王都の街を一周して戻ってくるということだった。


馬車の前には、馬に乗った第一騎士団長コルドールと配下の騎士達の行進、続いて第二騎士団長とその騎士達、馬車の後ろには第三騎士団長カルザスと騎士達が続いた。


馬車が通りかかると沿道の観衆が歓声を上げて花びらを振りまく。


「おめでとう!」

「国王陛下万歳!」

「キリト様万歳!」


レイルとキリトはそれに答えて優雅に手を振った。春の光を浴びて、まるで一幅の絵画のような光景だった。

王都の備蓄庫が解放されて葡萄酒が皆に振舞われる。その日は一日、王都全体がお祭り騒ぎとなった。


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