第50話 決闘 Side-S
サガンは砦の脇の草原に横一列に並んで素振りをする騎士達を見るともなしに見ていた。
その中にサイラスの姿もある。
サイラスはやや腕の力が入りすぎているものの、綺麗な型通りの素振りだった。剣を振る度、短く切り揃えた金髪が冷たい風に吹かれて揺れる。どうしてサイラスに目が行くのか、自分でも不思議だった。
時折、足を前に出すのが他の騎士に比べてごく僅かに遅れる。サガンは無視しようかとも思ったが、どうしても気になった。
「サイラス、足を怪我しているのか?」
一通りの素振りを終えたサイラスにサガンが声を掛けた。
「サガン...ちょっと足の指がつっただけです」
サガンはそう言うと地面に腰を下ろして、編上げ靴を脱いで足の指をひっぱり始めた。
「ああ...寒いからな」
「...俺と手合わせをお願いできませんか」
足の指は治ったのか、サイラスが靴を履き直しながら言う。
「...ああ、構わない」
そういえば、ここのところ誰とも打ち合いをしていない。サガンは一拍考えた後に頷いて答えた。
真剣で打ち合うため、全身を覆う鎧を身につける。手早く鎧を身につけ終わった時には、サガンとサイラスの周りに人垣ができていた。
「おう、また決闘か」
「やれやれ!」
「サイラスのやつ、国王陛下の婚約者から手巾を突き返されたらしいじゃないか」
「それは本当か」
「サイラスお前、サガンとキリト様の二股とは感心しねーな」
「おい、賭けるか」
「一戦目はサガンの勝ちだったじゃないか、今回もサガンだろう」
「行け!元団長!」
サガンは深いため息をついた。娯楽の少ない辺境とはいえ、騎士達の物見高さには些かうんざりする。
二人が向き合って剣を構えると、誰かが持ち出してきた鐘をカーンと鳴らした。
サイラスが、じり、と一歩距離を詰める。サガンはそれに合わせて一歩下がる。
周りの騎士達は固唾を飲んで見守っている。一陣の風が二人の間を吹き抜けて行った。
先に仕掛けたのはサイラスだった。一気に距離を縮めると斜め上からサガンに切り掛かる。剣と剣が交わり、キン、と鳴る。サガンは腕の力で剣を押し返すと、今度は自分から仕掛けた。横合いからサイラスに打ちかかるが、ひらりと避けられる。サイラスは体勢を立て直すと連続してサガンに打ち込んだ。次々に来る攻撃を全て剣で受けきると、サガンはサイラスの足元を剣で薙いだ。サイラスが地面にガクンと膝をつく。ここまでかと思われたが、サイラスはサガンが剣を突きつけるより一瞬早く、低い体勢からサガンの鎧の胴にガツンと剣を当てた。
「そこまで」
誰かの制止の声がかかる。声の方を見れば団長のカルザスだった。騎士達が一斉に歓声を上げ、剣と鎧を打ち鳴らした。
「俺が勝ったから、何かあなたの持ち物を貰えませんか」
草原の端で鎧を脱いで汗を拭うサガンに、サイラスが話しかけた。
「...なぜ、俺に執着する」
冷たい風が太陽を覆っていた雲を押しやり、雲の間から冬の光が二人に差し込む。長身の二人の影が淡く地面に映し出された。
「...あなたに名前を呼ばれると嬉しい。あなたと剣を交える時でさえ心が弾む。あなたの髪の毛一本でも俺のものにしたい。サガン、俺は、あなたが好きなんです」
サガンは俯いて目を閉じた。初対面で、砦の食堂で自分に切り掛かって来た姿、酔った自分を縛って組み敷いた姿、魔狼に襲われて血に塗れた姿、どれも酷く印象深くはあるが思い出とも言えないものだった。
だが、それでは何故、サイラスの言葉にこんなにも胸が騒ぐのか。
サガンの沈黙をどう思ったのか、サイラスが続けて言った。
「他の人の事なんて、俺が忘れさせてみせます」
サガンはゆっくりと目を開くと、懐から白い布を取り出してサイラスに差し出した。サイラスは目を見開いて驚いた顔をしている。
「...俺の名前入りの手巾が、欲しいんじゃないのか」
「……一生、大事にします」
「大袈裟だな」
「あなたを、一生大事にすると言っているんです」
サイラスはサガンの腕を引き寄せると、わずかに首を仰かせて口付けた。冬の太陽が照り出し、二人の髪を明るい金色と赤色に輝かせた。
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