第45話 初恋 Side-S


国境の秋は深まり木枯らしが吹いている。砦の周りの木々はすっかり葉を落として寒そうな姿で立っている。今日は砦を発って王都へと出発する日だった。


騎士達が朝食を摂る食堂でサイラスを見つけると、キリトは駆け寄って言った。


「サイラス、この手巾をサガンに返してもらえない?」


周りの騎士達は何事かと二人を見ている。


「...サガンに直接返した方が、喜ぶと思いますけど」


サイラスの言葉に、キリトは困ったように少し首を傾げると言った。


「いいんだ...お願い」


キリトはそう言うとテーブルの端にそっとサガンから借りた手巾を置いて、食堂を出て行った。





サガンが自室で朝の身支度をしていると扉がノックされた。返事をして扉を開けると長身の男二人が立っていた。


「レイル、コルドール...今日王都へ出発するんだっけ」


「ああ......気が済んだら、必ず王都に戻って来い。待っている」


レイルが言うと、コルドールも続けた。


「俺も、待っているぞ」


「そうだね......ありがとう」


王都に戻るとは言わず、サガンは曖昧に微笑んだ。


「道中、気をつけてね。旅の安全を祈ってる」


「ああ」


短い会話を済ませると、二人はサガンの部屋を去って行った。





国境の砦まで単身馬で乗り込んだレイルだったが、帰路はレイル、キリト、コルドール、護衛六人の大所帯となった。馬車と馬にそれぞれが乗っていく。


第三騎士団長のカルザス、サイラス、その他大勢の砦の騎士達が見送りに集まったが、その中にサガンの姿は無かった。


「道中、お気をつけて」


カルザスがレイルに向かって言う。


「ああ」


「キリトも、どうかご無事で」


「ありがとう、カルザス」


キリトが微笑んで言った。艶のある漆黒の髪がさらりと風に揺れる。少し細めた黒く輝く瞳がキリトの美しい顔を儚く優しげに見せている。

カルザスが周りの騎士達の様子をうかがうと、顔を赤くしてキリトを見つめている者がちらほら居る。この微笑みが多くの男どもを虜にして狂わせるのだろうな、と思わずには居られなかった。


大勢に見送られて、一行は王都へと出立した。



********



サイラスは朝の鍛錬を終えたサガンに、丁寧に畳まれた白い手巾を差し出して言った。


「これを。キリトからあなたに渡すよう頼まれました」


「…」


「要らないなら、俺がもらっても?」


「……要る」


サガンが手巾を受け取ろうと差し出した手を、サイラスはぐっと掴んだ。


「俺なら、あなたの思いに応えてみせる」


「サイラス、俺は...」


「今度は、名前入りの手巾を俺にください」


サイラスは白い手巾を持ったまま、砦の中へと去って行った。




サイラスは砦の中に入ると、廊下の壁にもたれてコツンと頭を壁につけた。


「サガン...」


名前の刺繍入りの手巾を告白代わりに渡すなど、一体どこの騎士が思いついたのだろう。つまらない慣習のように思えたが、それでもサイラスはサガンの手巾が欲しかった。



サガンの前評判は酷いものだった。

何かやらかして団長から一騎士へ降格、剣の腕は良いがそれにも増して女好き、男もイケる両刀、いけ好かない長髪野郎、国王陛下の婚約者に手を出して逆鱗に触れて左遷されたなどという噂まであった。




だがあの日、単身砦に到着するや否や、砦の外の草原で剣の素振りをし出したサガンに、サイラスは目を奪われた。



長髪だと聞いていたが、赤毛をすっきりと切って襟足は短く刈り上げている。剣の腕は良いとの噂通り、迷いのない剣捌きだった。決まった型通りの素振りを寸分の狂いなくこなしていく。男らしく筋張った首筋を、汗が一筋つたっていった。


国境の夕日がサガンを照らして、赤毛が燃え上がる火の様に見える。サイラスは、自分の胸が早鐘を打つのを感じた。人生で初めての、一目惚れの瞬間だった。



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