第46話 帰途


レイルとキリトは二人で馬車に乗っていた。座面は柔らかな綿が詰められた布張りになっていて、長時間座っていても痛くない。

言葉少なに馬車の窓から外を眺めるキリトに、レイルは声を掛けた。


「疲れたか?」


「ううん。大丈夫」


キリトは少し首を傾げると続けて言った。


「でも、ちょっと馬に乗りたいな」


「ああ、誰かと交代するか」



キリトは次の休憩で騎士の一人と交代すると、コルドールに押し上げてもらって馬に跨った。

交代してくれた騎士は何やら恐縮しながらレイルの居る馬車に乗り込んでいる。


「こうやって馬に乗ると、視界が高くなって気持ちいいね。」


「ああ、そうだな」


キリトの言葉にコルドールが返す。


「行きは何も見れなかったから、こうしてあちこち見られて嬉しいよ」


キリトが笑って言った。


「…助けが遅くなってすまなかった」


コルドールが苦渋を滲ませて言う。


「ううん、いいんだ。無事に助けてもらったから。来てくれてありがとう」


「…いや」


「…トルガレの遺体は、どうなったの?」


「損傷が酷かったからな。火葬して後から王都に送ることになるだろう。」


「そう…」


「トルガレに、何かされたか?」


「ううん…薬を嗅がされて気を失って、あとは首を舐められたくらいかな」


「…レイルが知ったら激怒するな」


コルドールがどこか遠い目をして言った。


「言わないでね?」


「ああ」


「…僕のせいで……なんでもない」


キリトの小さな呟きを聞き止めて、コルドールははっきりとした声で言った。


「トルガレは国家の転覆を企て、王の婚約者を攫い、王を亡きものとしようとし、計画が失敗して死んだ。死をもって償ったと言ってもいい。だが、キリト、微塵もお前のせいでは無い」


「…うん、僕、誰かにそう言って欲しかった…」


キリトは目尻に浮かぶ涙を指で拭って言った。


「…この先の街は肉料理が名物なんだ。食べていくか」


「うん」



*******


キリトは手と口の周りを油で汚しながら骨付き肉にかぶりついている。いつもは控えめに色づく唇が蝋燭の明かりを反射して赤くてらてらと光っている。何か見てはいけないものを見てしまったような気になって、コルドールは視線を外した。



四人掛けのテーブルにレイル、キリト、コルドールが座っている。護衛の騎士たち六人は隣のテーブルで食べている。

一階が食堂、二階が宿屋になっている店の、その食堂の一角である。今日は上の宿屋に泊まろうという話になって、一行は早めの時間に食事を始めた。


「すごく美味しいよ」


「ああ、良かった」


レイルは微笑んで言いながら、自分も肉にかぶりついた。たっぷりとした肉汁が手から滴り落ちる。


「俺は毎日でも食べたい」


「僕も」


豪快に食べながら言うコルドールの声に、キリトが同意した。


食べ終わってゆっくりしていると、コルドールが言った。


「ここの宿屋の浴場は広いらしいぞ。後で入るといい」


「ほんと?嬉しいな」


キリトが喜んで言う。


「俺は素振りでもして、少し体を動かそうかな。相手をする騎士を貸してくれ」


「良いな、俺も行こう」


そう言って、レイルとコルドールと騎士二人が街外れの草原へと出かけて行った。



「キリト様、お部屋までお連れします」


護衛に残った騎士の一人がキリトに声を掛ける。


「ありがとう」


キリトは席を立つと、自分とレイルが泊まる部屋に向かった。


少し高台にある宿屋の二階の窓からは夕暮れ時の街の様子が一望できた。


思い起こせば、随分と長い旅をしてきた。西の辺境のさらに奥地でロベルトと二人で暮らしていた頃の自分が、今の自分を見たらどう思うだろうか。

夢見の力で見た夢に誘われて、長い間のどかな暮らしをしていた家を出て、旅の途中で王子様と知り合いになり、今では国王の婚約者として王宮で暮らしている。沢山の経験をし、沢山の出会いがあった。


ふ、と息を吐いてキリトは言った。


「お風呂、行こうかな」



今日の宿泊客は自分達だけということだった。

一階に降りて浴場の脱衣所に入る。服を全て脱ぎ去ると置いてあったカゴに放り込んだ。


扉を開けて浴場に入ると、確かに広い浴場だった。湯気が立ちこめた中に三人の人影がある。護衛の騎士達のようだ。


「...キリト様!」

「とんだ失礼を。すぐに出ますので」


慌てた様子の騎士達にキリトが声を掛ける。


「いいんだ。広いし一緒に入ろうよ」


キリトは桶で汲んだお湯で髪と体を流すと、湯船の方に近寄った。キリトは一糸纏わぬ姿を隠そうともしていない。白い華奢な体を仄かに色づかせて、首に貼り付く黒い髪からは水滴を滴らせている。湯気が烟って細い輪郭が輝いて見えるようだった。キリトが湯船の縁に足を掛けると、白く繊細にも見える中心がふるりと揺れた。


騎士達はキリトに目を釘付けにしたまま固まってしまった。


「?」


キリトは自分に貼り付く視線を疑問に感じながらも、ざぶんと湯船に浸かった。お湯は少し熱いが、長い移動で疲れた体にはそれが気持ちいい。


「はぁ...気持ちいい」


あえかな溜息が思わず溢れた。


「...お、俺、出ます」

「俺も!」

「...どうぞ、ごゆっくり!」


騎士達は体を拭くのもそこそこに、ばたばたと浴場を出て行ってしまったのだった。



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