第37話 辺境 Side-S


サガンは、国境近くの砦の食堂で昼食を取っていた。ここにやって来てからというもの、他の騎士達はサガンを遠巻きにして、話しかけても来ない。騎士団長から只の騎士への明確な左遷である。周りの反応は当然とも言えた。


ふと視線を感じて、目線を動かさずにそちらの様子を伺う。


短く切り揃えた金髪に茶色の目、背丈はサガンより拳一つ低い、左利き。歳は十八歳頃だろうか。キリトと同じだな、とふと思ってしまってから、胸の痛みを覚えて目を閉じた。


青年は時折サガンにちらりと好戦的な視線を投げてくる。血気盛んな年頃のようだった。

こちらが気づいていないと思っているのだろうか。


やがて青年は席から立ち上がるとこちらに近づいてきた。


「少し、お聞きしてもいいですか?」


サガンが黙っていると青年は続けて言う。


「一体王都で何をやらかしたのですか?副団長から団長へと登り詰めたのに、辺境の一兵卒に成り下がるとは」


「さあ?」


サガンがそれ以上答えないでいると、他の騎士達も居る食堂の中だというのに、青年はスラリと剣を抜いて構えた。


「おい、なんだ、喧嘩か」

「いいぞ、やれやれ!」

「例の元団長じゃねーか」

「どっちが勝つか賭けるか」


あろう事か周りから喧嘩をけしかける声が掛かる。


次の瞬間、剣から放たれる暑苦しい闘気めいたものを感じて、サガンはわずかに首をのけ反らせた。一瞬後に目の前を剣が横切る。


「あなたも剣を抜いてください」


サガンはしばし躊躇った後、椅子から立ち上がって剣を抜いた。

直後に斬りかかられて、剣で受ける。キインと音が鳴った。


「なぜこんな事をする」


「欲しいものがあるのです」


と言うと、青年は立て続けに剣をサガンに打ち込んだ。その全てを剣で受けてサガンは聞いた。


「...望みは何だ」


「あなただ、と言ったら?」


サガンは虚を衝かれて固まったが、


「百年早い」


と言うと、腕の力で剣を押し返した。相手がバランスを崩して後ろずさったところで、素早く剣先を喉元に突きつけて問うた。


「名は?」


「...サイラス」



********



翌日、サガンが砦の廊下を歩いていると声を掛けられた。


「話は聞いたぞ。早速やりあったらしいな」


「カルザス」


声をかけたのは、国境警備を司る第三騎士団の団長、カルザスだった。いつものようにくすんだ金髪を後ろで一つに結んで、面白そうに目を細めて笑っている。カルザスが傭兵部隊にいた頃からの顔馴染みだった。


「うちのやつらは血の気が多くて困る。...何か言われたか?」


「...俺が欲しいと言われた」


「......ほう。くれてやるのか?」


「まさか」


サガンはため息を一つ吐いた。王都から遠く離れた辺境で、静かに任務に専念する生活を送ろうと思ってたのに、初っ端からこれでは先が思いやられた。


「怪我をしない程度に程々にしておけよ」


「…ああ」


そう言うとカルザスと別れた。

サガンは今から巡回の任務に当たる予定だった。巡回は騎士が二人組になって行う決まりだ。砦の入り口に立って、相方となる騎士が出てくるのを待っていると、しばらくして出て来たのは、あろう事か昨日食堂で斬りつけてきたサイラスだった。


「巡回の当番を代わって貰ったのです。行きましょう」


「…おまえ…」


サイラスは朗らかな笑顔を浮かべている。


「何を考えている。昨日のあれは何だったんだ」


「まずはあなたに、名前を覚えて貰おうと思って」


そう言うとサイラスは先に立って歩き出した。


「剣を交えなくても名前くらい覚えられる」


サイラスの後を追って歩きながらサガンがそう言うと、サイラスはこちらを振り返って言った。


「俺の名前、呼んでくれますか?」


「…サイラス」


サガンが名を呼ぶと、サイラスは不意に俯いた。


「...俺も、あなたを名前で呼んでもいいですか?」


「…好きにしろ」


「サガン」


山々は赤く色付き、冷えた風が砦の脇の木々を揺らして葉を落としていく。冬籠りをする小動物達は忙しそうに木の実を拾い集めている。辺境の秋であった。



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