第22話 手巾


部屋の扉をそっと開けるとレイルが椅子から立ち上がった。大股でキリトの前まで歩いてくると、キリトをそっと抱きしめた。


「無事で良かった。昨晩の事、本当にすまなかった。」


キリトはレイルの腕の中で小さく首を横に振った。


「もう、俺の前から姿を消さないでくれ。」


キリトを抱く逞しい腕に力がこもる。


「欲しい物でも、したい事でも、何でも言ってくれ。」


叶えてみせる、と続けるレイルにキリトは言った。


「じゃあ、薪割り。」


「...薪割り?」


「ずっと動かずに居たんじゃ、体が鈍っちゃうよ。」


キリトはレイルを見上げると笑って言った。こうして薪割りはキリトの日課になったのだった。


********


「それで、薪割りをしていると?」


「そう。」


キリトが斧を振り下ろすとカコーン、と良い音がして薪が真っ二つに割れた。


少し離れた場所にジャンが立っている。薪割り場は騎士達の鍛錬場のすぐ傍にあった。薪割りをしているキリトに目を止めて話しかけに来たのだ。やはりと言うべきか、キリトは鍛錬場で体を鍛えている騎士達の注目を浴びていた。


ジャンはコルドールが団長を務める第一騎士団の騎士だ。他の騎士との口論の末に大怪我を負ったが、キリトの癒しの力で一命を取り止め診療所に入院していた。今日めでたく退院となったのだと言う。



「そういえば、コルドールは今日どこにいるの?」


「団長に何か御用ですか?」


「借りていた手巾を返そうと思って。」


「手巾?もしや名前の刺繍入りですか!?」


そういえば端にコルドールの名前が刺繍してあった。

キリトが頷くと、ジャンはブッと吹き出した。


「まさか団長から、服の切れ端をくれとか、言われませんでした?」


「いや?何で?」


キリト様はご存知ないかも知れませんが、と言い置いてジャンは何やら説明を始めた。


「騎士は戦いに赴く前に自分の名前を刺繍した手巾を、思いの相手に渡すのです。渡された相手は、無事に返ってきて欲しいとの願いを込めて、お返しに自分が身につけている服の切れ端を相手に渡すのです。元はそういう風習だったのですが、最近の若者は、愛の告白の代わりに相手に手巾を渡す事もあるので...」


一旦区切ってキリトの目を見るとジャンは続けて言った。


「その手巾は、レイル様には見せない方が良いですね。」


「...もう遅いよ...」


「えっ」


「今朝、レイルに手巾を見られちゃった...」


キリトは情けない声で言った。今朝、手巾を見たレイルが何やら険しい顔をしていたのはそのせいだったのか。後でどう説明したものかと、キリトは頭を抱えたのだった。


********


サガンは呼び出されてレイルの部屋に来ていた。後からコルドールも来るという。騎士団長二人の呼び出しに何事かと構えて部屋に入って来たが、レイルの言葉は思いもよらないものだった。


「お前に加えて、コルドールとジャンだ。それに騎士数名も。俺はキリトに試されているのか?」


レイルは心なしか憔悴しているようにさえ見えた。


「何の話だ?」


サガンは一体何のことなのか、話の筋がさっぱり読めなかった。


「キリトはお前に口付け、コルドールはキリトに手巾を渡し、ジャンと騎士数名は毎日薪割りを手伝っていると聞いたぞ。」


途中から部屋に入ってきて、壁に寄りかかって話を聞いていたコルドールが答えた。


「手巾?ああ、キリトが泣いていたから渡しただけだ。」


「泣いていた、だと。そんな報告は受けていない。」

レイルが険しい顔をして言う。


「私も全く身に覚えがないが。」

サガンが言うと、コルドールも続けて言った。


「おまえな、キリトとの間に何があったかは知らないが、嫉妬深い男は嫌われるぞ。」


レイルはぐっと詰まった。


「ところで、キリトは本当におまえの求婚を受けたのか?」


サガンの言葉に、返す言葉もない。しばし沈黙が流れた。


「...キリトは、お付き合いからなら、と。」


レイルが言うと、コルドールの爆笑が部屋に響き渡り、サガンは頭に手をやって天井を仰いだ。


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