第23話 メイド
控えめにドアをノックする音がしてそちらを見ると、そっとドアを開けてメイドが入ってきた。
歳の頃は十五歳頃だろうか。金色の髪を短めに切りそろえ、前髪は長く伸ばしている。前髪からわずかに覗く目は青色だ。初めて見るメイドだった。
「お初にお目にかかります。今日からメイドとして働くことになりましたの。よろしくお願いいたしますわ。」
「初めまして。よろしくね。」
キリトが微笑んで挨拶するとメイドは、お茶をご用意いたします、と言ってテーブルに茶器を並べてくれた。
だが、まだ手元が覚束ないのか、テーブルの上にお湯をこぼしてしまった。
「あっ」
「大丈夫?火傷した?」
キリトはメイドの手の甲が赤くなっているのを見ると、近くに置いてあった水差しを取り、メイドの手を取って水差しの中に突っ込んだ。
驚いているメイドに声をかけた。
「すぐに冷やさないと、痕が残ると大変だからね。」
「あの、ありがとうございます。」
しばらく水差しの中で手を冷やし、手巾で手を拭うとメイドが礼を言った。
「痛くない?」
「はい、もう大丈夫です。」
一安心してキリトがテーブルについてお茶を飲んでいると、唐突にメイドが言った。
「ちょっとお手を失礼致しますわね。」
「?」
キリトが手を差し出すと、メイドは手早くキリトの手首の周りに紐を巻きつけ、また解いた。
「??」
「何でもございませんわ。お気になさらず。」
と言うと一礼して部屋を出て行った。
********
キリトが異能の力を訓練するための部屋に向かって、王宮の回廊を歩いていると、向こうからメイド長が歩いてきた。キリトの破廉恥な衣装を選んだ、あのメイド長であった。
「新しいメイドさんが入ったんだね。さっき僕の部屋に来たよ。」
キリトが声をかけると、メイド長は目を見開いて答えた。
「いいえ、新入りのメイドなど入っておりませんわ。」
「え」
「...警護の者に急ぎ伝えて参ります。見た目はどのような?」
キリトがメイドの見た目を伝えると、失礼いたします、と言って急ぎ足で去って行った。
「???」
********
回廊をさらに歩いていると、別のメイドに声をかけられた。今度は顔見知りのメイドである。
「レイル様からご伝言ですわ。キリト様に合わせたい人がいるから、夕刻に時間を作って欲しいと。」
「分かった。大丈夫だよって伝えてくれる?」
かしこまりました、と言ってメイドは去って行った。
********
今日は何だか慌ただしい日だな、と思いながら更に回廊を歩いていると、向こうから第一騎士団団長のコルドールが歩いてきた。後ろに配下のジャンを連れている。
「メイド長から聞いたぞ。そのメイドに何かされなかったか?」
「何もされてないよ。その子、手を火傷して冷やして、それから、僕の手に一瞬紐を巻いてたけど...」
コルドールは腕組みをして、ううんと唸ってから言った。
「今日一日、専任の護衛を付けていろ。そのために連れてきたんだ。」
「はい、お任せください!」
ジャンが張り切って言った。
そういう訳で、キリトはジャンを連れてまた歩き出した。
******
カゼインとの異能の力の訓練が終わり、キリトは部屋を出た。扉の外で待っていたジャンに声をかける。
「待たせてごめんね。」
「いえ、全然。この後はどうされますか?」
「そうだな。レイルの部屋を覗きに行ってみようかな。居るかな、でも迷惑かな。」
「レイル様ならきっと喜ばれますよ!」
そこでジャンの案内でレイルの部屋の前までやってきた。
居るかな、居ないかな。ちょっとドキドキしながら扉を少しだけ開けて部屋の中を覗いてみる。
そこでキリトが見たのは、今朝の新入りメイドを長椅子に押し倒す、レイルの姿だった。
メイドの上着のボタンは千切れてはだけ、白い胸元が僅かにのぞいている。レイルの手はメイドのスカートを太ももまで押し上げて、そのすらりとした足に這わされていた。
ショックのあまりキリトがばたんと扉を閉めるのと、レイルが扉を振り返るのと、一体どちらが早かったのか。
それから暫くの間、自分が何をしていたのか分からない。気づけば、ジャンの先導で第二騎士団団長のサガンの執務室の前に来ていた。今度は扉をノックして、返事があってから扉を開ける。
「レイルは金髪碧眼が好みなのかな。」
部屋に入るなり、キリトは自分の艶やかな黒髪の先を弄りながら言った。
「…なぜそう思う。」
面白そうな顔をしてサガンが問うた。
キリトは先ほど見た光景をサガンに話して聞かせた。
「うーん、何かの間違いだと思うけどな。...ここに来る事は警護の人間に伝えたのか?」
キリトは頷いた。ジャンが別の騎士に伝えているはずだ。
「それじゃあ、そのうち、ここに乗り込んでくるぞ。」
「レイルなら来ないよ。メイドと取り込み中なんだ。」
「…それなら、私たちも見せつけてやろうか。」
扉の方をチラリと見やると、サガンはキリトの頬に手を伸ばした。
「目を閉じて。」
くすりと笑いながら言う。サガンの顔がゆっくりと近づいて来た。
「サガン…?」
頬に触れられて、キリトが不思議そうに見上げる。
唇が触れる直前、扉が勢いよく開いた。
立っていたのはレイルだった。
緑の目がすうっと細くなり、端正な顔が冷ややかな印象に変わる。周囲の温度まで下がった様な気がした。
レイルはスラリと剣を抜くと、ゆっくりと低い声で言った。
「おまえも抜け。」
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