第16話 治癒
明日からは異能の力の訓練が始まる。キリトは新たな目標を得て、嬉しいような気持ちでもあった。カゼインから聞いた話をあれこれ思い返していると、窓の外が俄かに騒がしくなった。
「...に運べ!揺らすなよ!」
「出血が酷い、誰か医者を呼んでくれ!包帯か布をもっと!」
驚いて窓から外を見ると、庭木に囲まれた回廊を騎士が二人がかりで別の騎士の脇を抱えて運んでいるところだった。三人が通ってきた後に点々と血の跡が続いている。
キリトは居ても立っても居られず、窓を開けると叫んだ。
「そこで待っていて。僕が傷を癒す!」
王都に入り異能の力が増した自分になら、王族であるレイル以外の人間の傷を癒すことも出来るような気がした。
キリトは回廊に続く扉を開けると、怪我をした騎士の元へと走った。
「あなたは?」
「もしや、キリト様では?」
騎士達が口々に言う。一人の騎士は自分のことを知っているようだった。
騎士は肩口から背中にかけてを切られていた。騎士を回廊の床に横たえると、キリトは僅かに震える手を握りしめた。自分にできるだろうか。
傷口に手を当て目を閉じると、癒しの力を込める。力が膨らんでゆく。だが、以前レイルを癒した時ほどではなかった。以前見た、光や花弁の散る光景も目に浮かばない。手のひらと額に汗が浮かぶ。いつの間にか息が上がっていた。肩で息をしながら目を開くと、血は止まり傷口は半分ほどの大きさになっていた。
「これは...奇跡だ!」
「奇跡の子というのは本当だったのか。」
口々に言い合う騎士達の声に混じって、遠くから何人かの声が聞こえてる。
「...医者はどこにいる!」
向こうから現れたのは、怪我を負った別の騎士だった。回廊の床に座り込んだキリトが荒い息をつきながら見上げると、腹部から血を流して青い顔をして運ばれてくるのは知った顔だった。
「...ジャン!」
イズノールから王都まで一緒に旅をしてきた、コルドール配下の騎士、ジャンだった。
「...ジャンをそこに寝かせて。」
「...キリト様...」
ジャンが苦しげに名前を呼んだ。
僅かに眩暈がする。呼吸はまだ治らなかったが、ジャンをこのままにしてはおけなかった。
ジャンの上着を捲り上げ傷口を見る。筋肉質な腹筋が無惨に血で汚れている。出血の量から傷口は深いと思われた。
キリトは大きく一つ息を吐くと、傷口に手をかざして癒しの力を込めた。力が傷口に吸い取られていくような気がする。こめかみから汗が流れ頬をつたう。耳鳴りがし始め、視界が真っ暗になったと思った途端、キリトは意識を手放した。
********
「一体何があった?」
目の前の椅子に腰掛けるコルドールと、壁にもたれかかるサガンに、レイルは問うた。
コルドールは第一騎士団の団長である。
サガンは王宮で刺客に襲われるレイルを助けた功績から、第二騎士団の副団長から団長へと昇格していた。
二人の騎士団団長は難しい顔をして、ちら、とお互いを見やった。
「第一と第二のやつらが口論の後、掴み合いの喧嘩を始めて、最後は第二のやつが剣を抜いたようだ。」
コルドールが苦い顔で言った。長い金色の巻き毛をガシガシと掻く。
騎士団とは言っても基本的には荒くれ者達の集団だ。小さな諍いは今までも時折あったが、流血の事態となると話は別だった。
「何の口論をしていた?」
意識を失くして部屋に運ばれたキリトは、未だに目を覚ましていない。今朝キリトに王宮内も一枚岩ではないと話した途端にこの始末だった。
「話を聞いてみたら、肩がぶつかったとかガン飛ばしたとか、つまらない事さ。」
コルドールが続けて言う。だが、第三王子であるレイルが警備の隙をついて刺客に襲われ、第一王子と第二王子が刺し合って亡くなる事件が立て続けに起きた事で、騎士達は皆、気が立っていた。
「団長を拝命して早々に、このような不始末を起こしてすまない。剣を抜いた者の処分は追って報告する。」
サガンは整った顔に苦い思いを滲ませて言った。
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