第15話 異能


キリトが広い寝台でぼんやりと目を覚ますと、陽は既に高かった。

飾り気のない寝間着を着ている。いつの間にかレイルがあの破廉恥な服を脱がせて着替えさせてくれたのだろうか。それはそれで恥ずかしかった。


カタン、と音がしてそちらを見ると、レイルが椅子から立ち上がった所だった。

髪を切ったらしく、すっきりと整ったうなじが眩しい。今朝は黒地に複雑な金の模様が入った上着を着ている。旅の間とは違う王族らしい服装に思わずドキリとした。


「休憩がてら顔を見に立ち寄ったんだ。起こしたならすまない。」


昨日の事が思い出されて、レイルの顔を直視できない。

キリトは俯きがちになって言った。


「ごめん。寝過ぎた。」


「構わない。疲れていたんだろう。」


レイルは言いながらベッドの端に腰掛ける。キリトの頭に手を伸ばし、黒い髪を一筋取ると口付けた。


「あ、あの、その、王宮に居るって安心だね。騎士団の皆もいるし。本当に無事に着いてよかった。」


緊張のあまり脈絡のない話をしてしまう。


「…実のところ、王宮内も内情は一枚岩ではない。どうにかしなければならないが…しばらく忙しくなりそうだ。」


と言ってレイルは僅かに眉間に皺を寄せた。翳りを帯びてしまった目を残念に思っていると、ドアがノックされ、疲れた様子の宰相が迎えにきた。レイルは小さくため息をつくと、宰相と共に執務室へと戻って行った。


********


メイド達が来て遅い朝食を用意しお茶を淹れてくれた。メイド達が何やら言いたげな顔をして頬を染めているのが、何とも居心地が悪かった。

食事をし終わった後、部屋で一人ぼんやりしているとドアがノックされた。


入ってきたのはイズノールで出会った異能の衆の頭目、カゼインだった。


「カゼインも王都に来たんですね。」


「この度はご婚約おめでとうございます。先だってはそういう事とはつゆ知らず、失礼を致しました。」


「いや、それは…」

キリトは言い淀んだ。


どうもレイルとキリトの婚約は王宮内では衆知の事実となってしまったらしい。今朝のレイルの話だと、王宮内は一枚岩ではないということだった。レイルの一方的な婚約に納得してはいないが、勝手に「婚約していない」などと言って王宮内を混乱させるのも気が引けた。



「それより、カゼインに聞きたいことがあるんです。カゼインは僕の養い親のロベルトを知っているのですか?」


初めてカゼインと会って話した時、ロベルトのことを知っている様子だったことがずっと気になっていた。


カゼインは皺の刻まれた顔を、何かを思い出すかのように少し顰めると、ゆっくりと話し始めた。


「左様、ロベルトは先々代の異能の衆の頭目でした。私も後になってから人づてに聞いた話ですが、ロベルトは、異能を排除し奇跡の子であるキリト様を葬ろうとする強硬派に嫌気がさし、異能の衆を抜け姿を消したと。」


キリトは驚いて目を見開いた。想像もしていなかった話だった。


「ロベルトがキリト様を匿い育てていたとは思いもよりませんでしたが。...ロベルトから異能について、何か聞いてはいませんか?」


キリトは首を横に振った。ロベルトはキリトの癒しと夢見の力について知っていたが、何も教えてくれはしなかった。ロベルト自身の過去についても。


「そうですか…ロベルトは権力からも異能からも、キリト様を遠ざけたかったのかも知れませんな。」


カゼインは何か考えるように目を閉じた。ややあって目を開けるとキリトに言った。


「異能の力を高め、制御する術があるのです。精神集中、紋様、詠唱などですが、どうです、訓練してはみませんか?」


キリトが答えられずに目を瞬かせているとカゼインは続けて言った。


「異能の力は、無限に湧いてくる訳ではありません。奇跡の子であるあなた様も例外ではなく、一度に大量の力を使えば命に関わる事もあるのです。しかし、力を制御できれば防ぐことができる。」


キリトは、ロベルトが遠ざけたかった権力と異能に近づいてしまった自分を思った。

それが良い事なのか悪い事なのか、分からなかった。一方でレイルに惹かれ、一緒に居たいという気持ちが確かにあった。そして、レイルと一緒にいるためには異能の力と無関係では居られないことも、また確かな事のように思えた。


「僕、訓練したいです。」


キリトは決心すると言った。


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