第3話 敵襲
魔狼に襲われているところを見た時には女かと思った。日が暮れて、二人で拾ってきた小枝を焚き火にくべるキリトに目が吸い寄せられる。
自分より頭1つ半ほど低い身長にすんなりと伸びた細い手足と首。艶のある黒髪に黒目はこの辺りでは珍しかった。大半の人間は自分のような茶髪か金髪か赤毛に、青か緑の目と決まっている。
伏せがちの黒目に火が写って揺れている。普段陶器の様に白い頬は焚き火の熱を受けてほのかに赤く染まっていた。誘われるように手を伸ばし頬に触れようとしてキリトの声に我に返った。
「もうすぐできるよ。野草鍋、口に合うと良いけど。」
慌てて引っ込めた手には気づかず、携帯用の小鍋をかき混ぜながらキリトが言う。
「いつも美味しいよ。」
この数日を振り返ってレイルは言った。キリトは野草に詳しく、道中で食べられる野草やキノコを採っては料理してくれる。旅の最中にこんなにまともな物が食べられるとは思っていなかった。一人で旅をしている時は干し肉や干した果実を齧って、運良く木の実が成っていれば取って食べるくらいのものだった。
「ずいぶんと野草に詳しいんだな」
「ロベルト...亡くなった僕の養父が色々教えてくれたんだ。家の裏手の山で野草や木の実を採って2人で野宿したりね。なんでこんなことするんだろうって思っていたけど、役に立って良かったよ。」
はにかんだように笑いながらキリトが言う。
「レイルは剣がすごく強いんだね。どうやって鍛えたの?」
「...そうだな、子供の頃から悪友どもと剣を振り回して遊んでいたんだ。傷だらけになっては親に散々怒られたが、役に立って良かったよ。」
レイルははぐらかすように言って微笑んだが、キリトは
「それは凄いや!」
といって声を上げて笑った。
キリトと旅をしていると不思議と心が和む。ずっと張り詰めていた気持ちが緩むようだった。イズノールまでは徒歩で二十日間程の道のりで、今は中程まで来ている。あと十日程でこの旅も終わりかと思うとひどく残念な気がした。
野草鍋を食べ終えて片付けを済ませ、そろそろ休もうかという頃合いだった。
カチャリと金属の触れ合う微かな音を耳が拾った。
「キリト、こっちへ」
キリトの腕を引き寄せて背中に庇うのと、茂みを越えて黒ずくめの男たちが無言で切り込んで来たのは同時だった。キインと音がして先頭の男と切り結ぶ。
「5人とはナメられたものだな」
レイルは言い放つと同時に切り結んだ剣を力で押しやると、上から斜めに切り込んだ。音を立てて倒れる男を視界の端でとらえながら、返す剣で2人目の男を切り捨てる。怯んで逃げ腰になる3人目に唸り声をあげながら切り付けたところでレイルは動きを止めた。
「こいつがどうなっても良いのか」
レイルの背後に回り込んだ男2人がキリトを両脇から拘束していた。男の1人がキリトの首筋に短刀を押し付ける。男が力を入れたせいか、青い顔をしたキリトが僅かに身じろぎしたせいか、短刀が食い込みツツと血が垂れた。
それを目にした途端、レイルの頭に沸騰したように怒りが沸いた。
「手を、放せ」
自分が思うよりも低い声が出た。言うや否や足元の土をキリトに短刀を向ける男へと蹴り上げる。目潰しをくらってたじろいだ一瞬を捉えて、レイルは男へと一気に距離を詰め切り伏せた。
キリトを拘束していたもう1人の男が、キリトをこちらに突き飛ばす。咄嗟にキリトを抱き止め、バランスを崩したところに男が切り込んできた。
まずい、と思った時には左腕を切り付けられていた。衝撃と焼けるような痛みに呻き声をあげる。
「レイル!」
悲鳴のようなキリトの声を聞きながら立って居られず地面に片膝をつく。それでも剣を構えようと腕をあげたところで、なぜか男がヒュウと喉を鳴らしてこちらに倒れ込んでくる。
見ると男の背中に短刀が深々と刺さっていた。
「どうにか間に合った」
「サガン」
レイルは赤毛の長髪を風に靡かせて立つ長年の友人の名を呼んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます