第2話 魔狼
風のない生暖かい空気に数頭の魔物の気配が漂っている。面倒だから迂回しようか、とレイルの頭に考えがよぎったが、同じ方向から人の声が聞こえてきて、一瞬の躊躇いの後そちらに足を向けた。手に馴染んだ剣を抜くのは走り出すのと同時だった。耳元にビュンと風を感じる。
間もなく誰かが魔狼に襲われているのが見えた。二頭、三頭。と数えながら唸り声を上げて魔狼に切り掛かる。倒れている人に喰いつこうとしている一際大きな一頭を横薙ぎに斬り倒す。二頭目は、と次の魔狼に目をやるともう一頭と共に尻尾を巻いて退散していくところだった。
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黒髪はこの辺りでは珍しい、ということをキリトは街道に出てから思い出した。時折道ゆく人の視線をちらちらと感じるのである。ロベルトと暮らしていた時は近くの集落との交流さえほとんど絶っていたため気にしていなかった。
居心地の悪さを感じて街道に沿って行くのを止め、森の中を通ることにしたのだが、それが悪かった。森に入って半日も歩かないうちに、気づいたら魔狼に囲まれていたのだった。
「ひ...誰か...誰か助けて」
逃げようと後ずさるが魔狼に飛びかかられて地面に這いつくばる。魔狼の荒い息遣いがすぐ直近に迫り、生臭い息が顔にかかる。
もうだめだと息を詰めたその時、唸り声と共にヒュンと風が鳴ったと思ったら魔狼が鈍い音を立てて倒れた。一瞬の出来事だった。
「連れは?はぐれたのか?」
キリトがバクバクする心臓を宥めながらどうにか身を起こすと、そう声を掛けられた。
顔を上げると長剣についた血を一振りして鞘に納める男と目が合った。
「怪我はないようだな、俺の名前はレイル」
鍛え上げた腕を差し出して軽々とキリトを助け起こしてくれた。
レイルと名乗った男は見上げる程の長身に軽量の革鎧をつけている。茶色い髪が夕暮れ時の陽を受けて輝いていた。
「僕はキリト。あの、助けてくれてありがとう。連れはいないんだ。一人で旅してる。」
それを聞くとレイルは眉を顰めた。緑色の目がわずかに濃い色に変わる。
「その軽装でか?どこまで行く?」
聞かれたキリトがイズノールまでだと答えると、レイルは目を見開いた。
「奇遇だな。俺もだ。」
レイルは傭兵を生業にしていて26歳だと言った。イズノールで人と会う約束があって向かう途中、近道をしようと森を歩いていたところ、キリトの助けを呼ぶ声が聞こえたのだという。
「イズノールまで俺を雇わないか。と言っても金は要らない。ちょうど護衛する相手を探していたんだ。」
と言うとレイルは白い歯を見せて微笑んだ。そうやって笑うと王子様みたいだ、とまだ収まりきらない動悸に胸を押さえながらキリトは思ったのだった。
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