第3章〜逆転世界の電波少女〜⑬

 放送・新聞部が新年度に向けて立案したVTuber活動計画の部外交渉は、文芸部への訪問から始まった。


 オレともものふたりで部室を訪ね、山竹碧やまたけあおいが部長を務める文芸部のメンバーにプレゼンテーションを行ったところ、反応は概ね好評だった。

 ただ、部長の山竹やまたけが、冷静に指摘する。


 「私も面白い企画だと感じています。ところで、このキャラクターの名前は決まっているのですか? 美術部やコンピューター・クラブにも協力をしてもらいたい、と考えているようですが、肝心の名前が決まっていないと具体的なイメージが湧きづらいと思います。まだ、決まっていないなら、最初は、仮名でも良いので、名前をつけてみてはどうですか?」


 なるほど、一理ある。

 オレたちは、宣伝広報活動にVTuberを利用するということを目的にしていたが、名前の付いていないキャラクターに思い入れを持つのは難しいだろう。


「言われてみれば、たしかに、そうだな……」


 そう言って、ももと顔を見合わせると、彼女も、うんうんと二度うなずく。

 そのようすを確認したオレは、少し前のめりな姿勢で、文芸部の部長に切り出してみた。


山竹やまたけ……ネーミングについて、なにか良いアイデアはないかな?」


「えっ!? 私が考えるの?」


 こちらのリクエストに、最初は、やや面食らったようすの文芸部の代表者だったが、


「う〜ん、そうですねぇ……」


と、すぐに、思案するような表情になり、脳内が創作モードに切り替わったようだ。


「あいらんど高校は、市立いちりつの学校ですし、市のシンボルを名前に取り入れると良いんじゃないでしょうか? たしか、市の花は、アジサイでしたよね……?」


 文芸部の部長は、そう言いながら、手元に置いていたタブレット端末で何かを検索しはじめた。

 そして、お目当てのWEBページが見つかったのだろうか、


「こんなのは、いかがですか?」


と、端末のディスプレイをオレたちに見やすく提示する。


「このサイトに書かれているように、アジサイには、四片よひらという別名があります。あいらんど高校にちなんで、名字は島内……島内四片しまうちよひらという名前は、どうでしょう? アジサイをシンボルにすると、美術部の人たちもキャラクターデザインをしやすいかと思うのですが……」


 彼女の提案に、オレとももは、再び顔を見合わせる。


島内四片しまうちよひらか……」


 オレが、つぶやくと、ももは満面の笑みで、文芸部の代表者の手を握りながら、感謝を示す。


「良いです! スゴく良いと思います山竹やまたけさん!! さすが、文芸部の部長さんですね!」


 ももが言うように、キャラデザのことまで考慮された、良いネーミングだと思う。

 さらに、山竹やまたけのかたわらで話を聞いていた同じ二年生部員の石沢いしざわ今村いまむらが、キャラクター設定について、こんな追加提案をしてきた。


「アジサイってことは、土壌によって、色が変化するよね?」


「って、ことは……そのときのカラーの違いで、性格が変わるって設定は面白くない?」


 ふたりの提案に、ももは、喜びの声をあげて、賛同する。


「そのアイデアも、スゴく面白そうです!」


 やはり、創作活動を行うグループは、こうしたアイデアが豊富に湧いてくるのだろうか?

 彼女たちから、次々と出てくるキャラクター設定のアイデアに感心する。


 冬馬とうまの提案どおり、文芸部に協力をあおいだのは、間違いではなかった。

 

 これまで漠然としかイメージできていなかったVTuberのキャラクターについて、少し相談しただけで、ネーミング案やキャラクターの性格に関わるアイデアが出てきた。


 こうした具体案があれば、美術部へのキャラクター・デザインの提案も行いやすい。


 初回の訪問から思った以上の収穫と手応を感じたオレとももは、文芸部のメンバーに今後も協力してくれる約束を取りつけたあと、丁寧に御礼の言葉を述べ、彼女たちの部室をあとにした。


 放送・新聞部の部室に戻るまでの間、上機嫌な後輩が話しかけてくる。


「考えていた以上に提案が受け入れてもらえて嬉しいです! きぃセンパイと、くろセンパイのおかげですね!」


「いや、オレは、ナニもしてねぇよ」


 苦笑しながら返答すると、彼女は即座に反論する。


「なに言ってるんですか!? 山竹やまたけさんから、ネーミングに関する指摘を受けた時、すぐに、命名案についてのアイデアをたずねてくれたじゃないですか! あの一言がなければ、部室に戻って命名会議をして出直さないといけなかったですよ?」

 

「あぁ、それは……あんな風に具体的な指摘をしてきたってことは、山竹やまたけの中に、なにか、良いアイデアを思いついているんじゃないか、と感じたんだよ。文芸部なら、そういうことが得意そうだって冬馬とうまも考えてるみたいだしな」


 そう答えると、ももは、


「くろセンパイって、普段はニブいくせに、こういう時は、ヒトの表情とか良く観察してますよね?」


と、複雑な表情で語ったあと、なにか独り言めいたことをつぶやいた。


「ん? ナニか言ったか?」


 そのようすが気になり、問いかけてみたが、彼女は澄ました表情で、


「なんでもないですよ! 部室に戻って、きぃセンパイたちにさっきのことを報告しましょう」


と、話題を変えるだけだった。

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