第1章〜ヒロインたちが並行世界で待っているようですよ〜⑧

 文化祭を終えた翌日の放課後、オレは文化祭実行委員会を務めている三葉みつばの手伝いに駆り出された。


 体育館で使用した機材を校内の倉庫に片付ける必要があるそうなのだが……。


「こんなに大きな機材を何回も運べな〜い。あ〜、こんなとき、頼りになる彼氏が居ればな〜」


 という、わざとらしい独り言とともに、意味ありげな視線をコチラに送ってくる(いまとなっては、この言葉には二つの意味が生じている)の言動に抗えるハズもなく、三葉みつばの従者のように付き従い、オレは、推定10kg以上はありそうなスピーカーを両手で抱えながら渡り廊下を進む。


「ありがとう! やっぱり、持つべきものは頼れる彼氏だよね」


 などと言いながら、笑顔で振り向く相手に対して、


三葉みつば、とうぜん、労働の対価は用意してくれているんだよな?」


と、問いかけると、自己肯定感の高い幼なじみは、


「あら? 今日の報酬は、可愛い彼女の笑顔だけじゃ、ご不満?」


などと、宣う。

 

「スマイルなら、ファースト・フードでも0円で提供してくれるぞ? もう少し、色を付けてくれてもイイだろ?」

 

 付き合い始めてから、言いたいことを遠慮なく言いあえていた頃のように会話ができていることを楽しく感じながら、そう返答すると、三葉みつばは、「もう、しょうがないな〜」と、つぶやき、通学カバンから、購買部で買ったと思われるチョココロネを取り出して、


「はい! これで、栄養補給して、がんばって!」


と、ビニール袋から取り出したパンを一口サイズにちぎりながら、オレの口元に差し出してくる。


 ひょい パク

 ひょい パク

 ひょい パク


 ちぎっては差し出される一口サイズのコロネを咀嚼するが、四くち目で、オレの口内は早くも乗車率200%の満員電車状態になった。


「厶〜〜(これ以上は無理だ)!」


 声にならない抗議の声をあげると、彼女は澄ました表情で、「もう仕方ないな〜」と言って、今度は通学カバンからカフェオレの入ったペットボトルを取り出し、キャップをはずして、オレの喉を潤そうとする。


 パンを口に含んだ状態で、飲み物で流し込もうとするのは、生地が膨張するため、窒息に繋がりかねない危険な行為だということを小学校の給食指導で習った気がするので、口腔内の安全が確保できたら、遺憾の意を示そうと考えていたのだが……。


 いたずらっぽい笑みを浮かべた彼女が、オレの耳元で、


「今日の報酬は、間接キスってことで、どう?」


と、ささやいた声に、なんとかパン生地とカフェオレを食道に流し込んだオレは顔を赤くし、咳き込んでしまう。


「ふふ……そんなに嬉しかったんだ? やっぱり、雄司ゆうじは付き合い甲斐があって、面白い!」


 楽しげに微笑む彼女に、抗議の意味を込めた視線を送るが、オレの眼力めぢからは、何ら効果をはっきしていないようだ。


 そんなコミュニケーションを経て、ようやく、スピーカーを倉庫に運び終えたオレは、小悪魔のような交際相手に、今後の予定を確認する。


「今日のところは、これで終わりだよな? 三葉みつばは、このあと、どうするんだ?」


「わたしは、もう特に予定はないんだけど……雄司ゆうじが良ければ、放送・新聞部の部室に行かせてもらってイイ?」


「ん? ウチの部室になんか用事でもあるのか?」


 意外な申し出に、そうたずねると、彼女は、またも澄ました表情で、


は、彼氏がお世話になっている先輩とお友達には、キチンと、あいさつしとかなきゃでしょ?」


などと、当然のことだといった風に返答する。


 そんな訳で、オレは三葉みつばを伴って、自分が所属する放送・新聞部の部室の部室に顔を出すことにした。


 部室のドアを開くと、オレにとっては、おなじみのメンバーが揃って……と、言いたいところであったが、荒金桜花あらがねおうか部長と、親友の黄田冬馬きだとうまは出席しているものの、放送・新聞部のと言っても良い浅倉桃あさくらももの姿は見えなかった。


「お疲れさまです。文化祭でも実行委員として、また、出演者として学校を大いに盛り上げてくれたが、部室を訪問したいので連れてきました」


 桜花おうか部長と冬馬とうまに対して、そう告げると、オレの横に立つ三葉みつばは、笑顔で語りかける。


雄司ゆうじなんて、他人行儀じゃない? こんにちは、荒金あらがね先輩、黄田きだクン! 今日は、が、普段どんな風に活動してるのか気になったので、部室に来させてもらいました」


 オレを指差しながら、訪問のあいさつをする彼女を歓待するように、部室に居たふたりも笑顔で応じる。


「ようこそ、白井しろいさん。私は、もうすぐ引退する身だけど、放送・新聞部は、いつでも訪問を歓迎するわよ」


 校内の一大行事である文化祭が終了した今月末での引退が決まっている桜花おうか部長が、三葉みつばの言葉に微笑みながら返答する。

 彼女は、一年生のときに、廃部寸前だった放送部と新聞部の統合を成し遂げた上に、二年生になってからは、生徒会役員をこなしながら、『ひらかれた生徒会・積極的な広報』をスローガンに活動し、あいらんど高校の各種校内行事を盛り上げてくれた、オレが尊敬する先輩だ。


 その桜花おうか部長に、三葉みつばを歓迎すると言ってもらえたことは、自分にとって喜びでもある。


 いっぽう、シニカルなことを口にすることの多い親友は、笑みを崩さないまま、こんな言葉を口にする。


「ふ〜ん……可愛い彼女ができた途端、ボクたちに見せつけに来るなんて、雄司ゆうじも案外、俗物だね。全世界の男子の気持ちを込めて、『リア充爆発しろ』って言っておくよ」


「そんなんじゃね〜よ! あと、『リア充爆発しろ』っていつの時代の言葉だよ!?」


 オレがツッコミを入れると、三葉みつば桜花おうか部長が、おかしそうに笑う。


 ただ、オレは、笑みを絶やさずにいた部長が、


「私としては、白井しろいさんの訪問は大歓迎だけど……『サカッた雌犬がマーキングをしに来る気配がしますので、今日は早退します』と言って帰っていった浅倉あさくらさんの気持ちが少し理解わかるわね」


と、冬馬にささやくのを聞き逃さなかった。

 

 永年、密かに想い続けていた有名人の彼女が、自分との関係を周囲にアピールするような言動を取っていることに対して、自身の中にある承認欲求や自己顕示欲が満たされていくことを感じつつも、そのやや過剰で少し重たい愛に苦笑しながら、オレは、ほんの少しだけ息苦しさを覚えつつもあった。

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