第二夜 3 ノア、いろいろ諦める
「とりあえず説明頼む。なんでいきなりダンジョンに行くんだ」
というか、ダンジョンなんてものがあることも初耳なんだが、そこはなんでもありなこの世界で疑ってもしょうがないのでいいとして。
「説明……ですか。そうですね、その理由をご説明するためにはまず先に、やはりこのことをちゃんとお伝えしておくべきかもしれませんね」
ミレニアはこちらに言っているのか独り言なのかわからないような小声で呟き、少し逡巡した様子の後、こちらを見て、今度は明確に語りかけてくる。
「その……実は、ノアさん。昨夜、私はこの世界を案内すると申し上げておきながら、まだお話しできていなかった重大な話がございます」
横髪の毛先をくるくると回す。相変わらず謎の原理で仄かに発するエメラルドの光がその恥じらう顔の美しさを際立てる。
「重大な話? もちろん必要なことなら聞くけど」
何か、言いにくいことなのだろうか。
「はい。この世界は昨夜もお伝えした通り、この京都で眠るみなさんの夢が具現化した世界、それは申し上げた通りです。そして、それによって描かれた世界はどうも、みなさんがお好きなアニメやゲーム、そういったものが多く見られる傾向にあるのです。それはノアさんも既にお気づきかもしれませんが」
「あぁ、それはなんとなくそんな感じだな」
異世界風の建物とか宝箱とか、ガチャがあったりとか、まんまアニメやゲームの世界からやってきたものが多いな。夢なんてもっと日常系のものを見ている人だって多いだろうに、それだけゲームなどの影響力は強いのか、あるいは、そんなものがちょっとでもあると目立つから気になるだけなのか。まぁ、わからんけど。
「それで、アニメやゲームの影響があることに、何か問題があるのか?」
まぁそもそも問題だらけなので指摘するとキリが無いのだが、彼女の言う問題点が何なのかを問う。
「はい、それなのですが……その……、実は私、みなさんがよく想像されているアニメとか、ゲームの世界いや、それに限らずサブカルチャーと呼ばれるようなもの全般に対してなのですが、あまり知識を持ち合わせていないのです。ですから、この世界をご案内するといっても、ここに存在するものは、私が本質を理解できていないものばかりなのです」
「は、はぁ……」
うん、まぁ、なんとなくわかっていた。
どう見ても断片的な知識で何かを語っているようだったし、魔女と魔法少女の違いがわからないとか言ってたりするぐらいだし。
ミレニアは姿こそ奇抜なコスプレ少女ではあるが、それ以外は世間知らずなお嬢様といった印象が強い少女だった。
「そこで私、良いことに気がついたのです」
「うん、良いことじゃないような気もするけど、とりあえず言ってみて」
「案内されるのは、ノアさんじゃなくて、むしろ私なのだ、と」
「ちょっと何言ってるのかよくわからない」
「お見受けしたところ、ノアさんは私よりも俗世のことにも詳しいご様子ですし、この世界に出現する多くの異変にも対応できる知識をお持ちなのではないかと思います」
「まぁ、君よりはそうかもしれないけど」
「何より、ツッコミのスキルもお持ちです」
「それはいらないだろ」
いや、本当にいらないだろう。
「そこで素敵なご提案がございます」
「絶対に素敵ではなさそうなんだけど、言ってみて」
「私が肉体担当、ノアさんが頭脳担当で行きましょう」
「それを素敵と言えちゃうの強すぎない?」
「私、これまでこの世界でたくさんの面白そうなものと出会ってきたのですが、ルールや扱い方がわからず、諦めていた事もあったのです。でも、ノアさんが一緒なら、その知恵をお借りして挑戦する事が可能になるのではないかと思うんです」
「話進めるねぇ」
「つまりWinーWinの関係というものですね」
「百歩譲ってもこっちのWinが全くわからないんだが」
なんの勝ちを目指しているんだ。
「ですから、まずはダンジョンに行ってみたいのです」
「その流れでなぜダンジョン」
「だって楽しそうですから!!」
「わかったわかった。行こう、ダンジョン」
「良いのですか? さすがノアさん、ありがとうございます!」
承諾の返事を受けたミレニアは、また体中をキラキラさせて喜び、その場でくるくると舞い出した。
まぁ仕方ない。問答を続けた所でどうせ拒否権はないのだろう、と諦める。
こんな世界に巻き込まれて、そしてここに来てしまった以上、付き合うしかない。
何より好奇心と希望で満たされたような彼女の透き通った瞳に見つめられると、なんか、心を掴まれたような感じになってくる。
「でもダンジョンって、詳しくはわからないんだけど、なんか敵がいて戦いになったりするんじゃないのか? 昨夜も言った通り危険なことは避けたいし、結局武器も手に入ってないのにどうやって戦うんだよ」
「いえいえ、武器なら昨夜手に入れではありませんか。ノアさんがガチャガチャで入手したアイテム、ちゃんと回収しておきましたよ。これをお使いください」
そう言ってミレニアは羽織の袖に手を差し込むと、相変わらず謎の収納スペースから、1メートルほどの突っ張り棒と、木製の盾を取り出す。
「えぇ……本当にそれ使うの? 頼りなくない?」
「いいえ、ノアさん、冒険はこれからです。だからこそ、これぐらいのものがちょうど良いのですよ」
「だからこそ、の意味がわからない」
「ノアさん、私はゲームの知識が無いと申し上げましたが、全く何も知らないというわけではありません。少し、聞いたことがある知識もございます。
みなさんがお好きなゲームの多くでは、冒険の始まりは剣ではなく棒だったり、防具が金属ではなく皮や木製だったりするのですよね。そこから少しずつ強いものを入手していくというのが楽しいといいます。
ですから、ノアさんも最初はこれで行きましょう」
「くそう、間違いとは言い切れない変なことばかり知ってやがる」
「それに、棒や腕が伸びるのは強い主人公が使う王道の武器とも聞いたことがあります。ノアさんもそれを使いこなすことができれば、強くなれるかもしれないですよ」
「孫○空とかル○ィの攻撃手段と突っ張り棒を同一視するのは強引すぎない?」
いや、伸ばして使うけどさ、突っ張り棒も。
「大丈夫ですよ。ダンジョンもまた、色々なものがあります。必ず戦いがあるとは限りませんし、あったとしてもその戦いが武力によるものとも限りません。それに大丈夫、必要があれば私が戦います! その為の私、肉体担当です!」
「自分を肉体担当っていうの少し抵抗持った方がいいと思うよ」
ミレニアは得意げに愛用の杖をぶんぶん振り回す。
昨夜は守られるどころか、そいつにやられたんだよなぁ。などと思いながら、渋々、無いよりマシかと突っ張り棒と木の盾を装備してみる。
今夜も大変なことになりそうだ。
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