第一夜 13 ノアとミレニア、秘めた能力が明かされる


「そう……ですね。

 せっかくお会いできた……ノアさんを残し……先に眠るわけにはいきませんね」


「いや、起きていては欲しいが、本当に抗えないほど眠いのであれば無理には……」


「えいっ!」


「ミレニアッ!?」


 彼女は意を決したように少し口の中を動かして、何かをする。

 正直、彼女の顔を間近で見ていたはずだが、よくわからなかった。


「目が覚めましたっ!」


「なんで!?」


 ミレニアは急に自力で立ち上がり、さっきまでが嘘のように元気を取り戻し、愛用の杖を手に取りぶんぶんと振り回す。


「奥の手を使いました。ふふっ、ノアさん、やはり知識は蓄えておくものですね」

 得意げに笑っている。


「奥の手って……何をしたんだ」


「舌を思いっきり噛みました」


「力技!!」


「……ノアさん」


「どうした」


「痛いです」「でしょうね」


「ぶはっ!!」「吐血っ!!」

 全く、無茶しやがる。


「しかし、おかげでもう少しだけ、眠気に打ち勝つことができそうです。まだやり残していることがございましたので。最後にもう一つだけ、ノアさんに試して頂きたいことがあるのです。少々お待ちください」


 それでもまだ眠たそうにしているミレニアはそう言って、羽織の袖に手を差し込み、中に入っているものを探っている。

 側から見ると薄っぺらい袖をひらひらさせているようにしか見えないんだけど、なんかガサガサガシャガシャと玩具箱を揺らすように物が雑多にぶつかり合うような音が聞こえてくる。

 無限ポケットかなにか?

 あとミレニアさん、口の端から血が垂れていて、痛々しいです。


「ありました、これです!」


 程なくして、彼女が袖の中から取り出したものは、一つの帽子だった。

 形はいかにも魔女がかぶっていそうな大きなつばがついた円錐形の黒い帽子。側部には目玉みたいなボタンがついており、うち一方の目には透き通った緑色のバイザーのようなものが被されてある。その下には横に長い裂け目が入っていて、顔のように見えてくる。


「なんだ、これ」


「これはですね、私の持つとっておきのスペシャルアイテム〈職業分け帽クラスカウター〉です!」


「クラス……何?」

 なんか魔女というか、魔法学校の生徒が被りそうな帽子だな。


「なんとこれを被ると、その人に秘められた能力や才能を分析して、適性のある職業や成長方針を教えてくれるという素晴らしい帽子なのです。如何ですか、ノアさん。最後にこの帽子を被って、知らない自分を見つけてみませんか!?」


 わぁ、すごいけど、分析されるのか。ちょっと怖いな、それ。

 正直あんまり気乗りしないのだけど、彼女が捨て身の覚醒をしてまで用意してくれたものなので、断る空気でもない。


「わかった、ありがとう。じゃあ最後にそれを試させてもらうよ」


 そう返事をすると、ミレニアは無言で頷きながら、帽子〈職業分け帽クラスカウター〉のつばを両手で持ち上げて、歩み寄ってくる。

 その動作に甘えて、お辞儀をするように自分の頭を前に出し、それを被せてもらう。


『ピーガガガガガガ、ビコンビコンビコン、ビィーーーー!』


「えっなに?」


 昔のダイヤル回線の接続音みたいなの出してるけど、大丈夫か、これ。


『判定シマス』


 裂け目をぱくぱくさせながら、突然帽子が喋り出した! 魔女の帽子っぽいのに、なぜ電子的なんだ。


『現在ノアナタノ状態カラ予測スルト、数学85テン、英語75テン、化学60テン……』


 ……ん、何の話だ?


『最モ素質ノアル科目ハ数学デスガ、チョウド2週間後ノ中間テストノ総得点ヲ上ゲル為ニハ、マズ化学ノ復習ヲ徹底シテ……』

「おう、待てぃ」


 秘められた能力というか、ただの学力判定じゃないか!

 というかなんで中間テストの日程まで知ってる。


「すみませんノアさん。〈職業分け帽クラスカウター〉の測定能力は本物ですが、気分屋さんなのでたまに意図しない情報を分析することがありまして。でも、分析結果は確かなので化学の復習はされた方が良いかと思います」


「耳が痛いわ。まぁやるけどさ」


「帽子さん、私たちが知りたいことは、ノアさんが現実やこの世界において活かすことのできる・伸ばしていくことのできる能力が何か、それを判定した上での適正職業についてです。どうか教えてください」


『ワカリマシタ。適性ヲ判定シマス……ピィーーガガガガガ……ノアサンノ適正職業ハ……

 【ツッコミ師】デス』


「…………」

 え、今なんて言った?


『ツッコミ師デス』


「なんだよツッコミ師って!」

 そんな職業聞いたことないわ!


「なるほど……ツッコミ師とは。私も、先ほどのガチャガチャでの小気味よい問答には光るものを感じておりました……ノアさんにはツッコミの才能があるのですね…………」


「別に欲しくないよそんな才能! っていうか、また眠くなってきてない!?」

 捨て身の覚醒効果薄いな!


「だいたい、ここに来てからずっとツッコまざるをえない状況しか起こってないからそうなってるだけだったろう」


『ハイ、マダヤラサレテル感ガアリ、未熟サガオオイニ目立チマス。特ニ、ノリツッコミニオイテハ、恥ジライガ捨テキレテオリマセン、モット練習ガ必要デショウ』


「しないよ練習!」


「ハァ……私は好きですよ……ノアさんのツッコミ。

 私にもどうぞ遠慮なく……つっこんでくださいね」


「お、おぅ」

 なんか眠たげな口調のせいでそんな色っぽい感じに『好き』などと言われてしまうと、ちょっと恥ずかしいじゃないか。


「もういい、そんなことのために無理しなくていいから、もうゆっくり休め」


「そんなこと……じゃないですよ」

 ミレニアは再び地に膝をつけて、お姉さん座りの姿勢のまま続ける。

「〈職業分け帽クラスカウター〉の判定には決して間違いがありません。指し示された道が例えノアさんの望んだものでなかったとしても、それもノアさんが秘めた一つの可能性であることは確かです。心に留めておいていただければ……幸いです」


「……そうか、わかったよ」

 うーん、そう言われてもツッコミ師ってなぁ。


「実をいうと、私が魔女になったきっかけもこの帽子のお陰……なんです。話せば長くはなりますが、そのお陰で……今の私があります。ですからぜひ……ノアさんにも、今夜の思い出に、体験……いただきたく」


「わかった。その話もまたいつか聞くよ。……だからもう、休め」


「……………………スヤァ」


「あ、あっさり寝た」


 ミレニアは完全に沈黙し、起こしていた上半身も力無く倒れ、鴨川の芝に沈む。

 可愛く小さな寝息だけが、静かに響く。


「…………おやすみ」


 ……………………。


 ……………………。


 ………………というか、どうすればいいの?これから。


 いつの間にかお日様が姿を完全に現した黎明の空の下。

 残されたのは、芝の上で眠る少女、11連ガチャで出てきたガラクタたち、頭上の〈職業分け帽クラスカウター〉、そして自分。

 まぁ、現実の自分が目覚めたら戻れるとか言ってたけど、まだいつになるかわからないし、このガラクタも結局どうすればいいかわからない。

 というか、ミレニアさん、ここで寝たままでいいの?

 家に帰らなくて、いや家どこか知らないけど。

 とりあえず、上着かけておこう。いつまで眠るのかわからないし、日が登ってくるから暖かくなるだろうけど、念のため風邪ひかないように。

 あと、この帽子も、返しておくか。

 日差しが目に入らないように、顔も隠れるよう深く被せておいてやろう。


「本当に、綺麗な顔をしているな」

 そう小さく呟きながら少女の頭にそっと、〈職業分け帽クラスカウター〉を被せる。


 その時だった。


『ピィーーガガガガガ、ビコンビコン……』


「うをっ!!」


 突如〈職業分け帽クラスカウター〉が、起動音を鳴らした。

 なんで……って、あ、ミレニアの頭に被せたから分析を始めてしまったのか。

 どうしよう、これ、急いで外したほうがいいのか?

 作動中に外したら壊れない? USBのメモリでもないし大丈夫かな。


『判定結果ヲ、オ伝エシマス……』

 躊躇っている間にミレニアの分析作業を終えた帽子が、また口をぱくぱくさせながら喋りだす。


『156センチ、43キロ……』


「……へ?」


 何の分析だ……? 今……何を言った?


 〈職業分け帽クラスカウター〉の報告が何を示しているのか、一瞬、理解できず、凍りつく。

 しかし、その間を空けることもなく、その帽子は分析結果を続ける。


『上カラ82・63・82、Cカップ、同年代ト比較スルト……』

「いやぁあぁぁぁぁ!!」

 パシィイィィン!! グシャッ!!


 刹那の瞬間、慌てて置き上がったミレニアが帽子を地面に叩きつけ、激しい音を鳴り響かせる。

 そして止めとばかりに、踏みつける。

 あ、まだ意識が残っていたんだな。

 というかそれ、とっておきのスペシャルアイテムじゃなかったのかよ。


「……………………」


「……………………」


 うん、なるほど。

 よくわからんけど、わかった。

 〈職業分け帽クラスカウター〉装備した人の秘められた能力を正確に伝えてくれる、素敵な帽子だということは。


 まぁ下世話な話、それらの情報を戦闘力と揶揄する界隈も世の中には存在するから、能力といえば能力なのだろう。

 ただ、秘められた能力というか、乙女の秘密ってやつなのだけど。


「……………………」


「…………ミレニアさん?」


 ミレニアは無言のまま佇み、顔を真っ赤にしている。

 あぁ、まあそうなりますよね。


 ミレニアは怒りとも悲しみとも恥ずかしさともとれる感情を押し殺して、ただ、体をぷるぷると震わせている。

 上から82・63・82の体を、ぷるぷると。

 舌を噛んだ時以上にバッチリ眠気が解消できたようで、なにより。

 ……いや、なによりか?


「……お聞きになりましたか?」


「う、うん」

 いや、今の状況で聞いてないふりするのは無理だろう。

 そう思い正直に答えてみた。

「いや、まぁ気にするな、俺も気にしないから」


「いやぁあぁあぁぁぁぁあああぁ!!」

 突如、ミレニアは感情を抑えきれなくなり、暴発させる。

 そして両手で愛用の杖を持ち、構える。


「まて、何をする! 早まるんじゃない!」


 この状態は……さっきも見た。そう、あれだ、宝箱を開けた時にもあった……。

 えぇっ、これって猥褻的なことなのか!? スリーサイズの話くらいセーフじゃない!?

 だいたい、悪いのあの帽子であって、自分は悪くなくない!?


 そんな言い分など伝えたところで聞き入れてくれそうにない。

 恥ずかしさのあまり完全に我を失ったミレニアは杖を振りかぶり、強烈なスイングを繰り出す。


 「やぁああぁぁぁああああ!」

 ブォオオオォォン!!


 動揺して距離感が掴めなかったのか、杖は自分の目前で空を切る。

 凄まじい風圧で、それだけで体が飛ばされそうになる。

 やばいやばい、こんなの当たったら死ねる!


 もう一発とばかり、ミレニアは距離を詰めて、振りかぶる。


 まずい、このままではやられる!

 そうだ……盾! これで防げば!

 足元にはちょうど、先ほどガチャで出た防具の一つ、【伝説っぽい盾】が置いてあった。

 何もないよりはマシだ! 頼むぞ、伝説っぽい盾!


 急ぎ盾を拾い、繰り出された杖のスイングにあわせる。


「やぁああぁぁぁああああ!」

 バキィッ!

「ぎゃああぁぁぁああああ!」


 杖の打撃をど真ん中で受け止めた盾は直後に亀裂が走り、一瞬で粉々になる。

 伝説っぽい盾ェ!

 華奢な女性の、上から82・63・82の体を捻らせわずか43キロの体重を乗せているだけとは思えないその強烈な衝撃を、当然、受け止め切ることができるはずもない。


 直後、体が宙を浮いた。

 そして、意識を失った。


 失ったけど……、たぶん、100メートルくらいは飛んでいたと思う。


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