第一夜 12 ミレニア、突然の別れを告げる


「お別れの時間って、いきなりどうしたんだ?」


 冒険するとか言って、結局装備だけ調達して終わりじゃないか。

 というか、その装備も全然揃ってないのだけど。


「日が登り始めたのです。もう時間があまり残されていません……。

 このミレニア、今夜は舞い上がってしまい、つい時間を確認できておりませんでした。すっかり油断しておりました……」


 ミレニアはこちらに目をあわせることなく、どこか遠くの方を見ながら答える。

 細い眉を寄せ、いつになく真剣な様子の彼女の横顔は、ほんのりと、先ほどまでよりも明るく照らされているような気がした。

 その光の正体は、鴨川のむこう、東の空だった。

 日の出はまだ見えていない。しかし、闇が晴れて薄ら明るんでいることから、その到来が近いのがわかった。


「もうこんな時間だったのか」


 この世界でも現実と同じように時間や空の流れが移り行くのであれば、おそらく今は午前5時くらいといったところだろうか。5月の前半だと、もう日の出の時間はそれぐらい早くなっているはずだ。

 この世界に来るのは今夜が初めてだ。それなのに、目の前に広がるのはこれまでの一生で何度と見たことのある景色そのものだった。京都市街地から望んだ比叡山を仄かに照らす黎明の夜空は、いつ見ても美しく、それだけで心を洗われるような気持ちになる。

 その感覚まで、現実と同じなように思えた。


「不思議なもんだな。それで『時間が残されていない』って言ったが、朝になるとどうなってしまうんだ? もしかして、なにか大変なことが起こるのか? 世界そのものが消えてしまうとか」


 確かこの空間は、京都で眠る人の夢によって創造された世界だと、ミレニアが言っていた。

 朝になるということは、そのみんなが目覚めるということだ。

 もしかして、この夢の世界が構成物を失い崩壊を始めるとか、大事になるのだろうか。


「あ、それは大丈夫です」


「大丈夫なのかよ」

 

 あっさりとした回答だった。

 勝手に想像してめっちゃびびったんだけど。


「少なくとも……この世界そのものが無くなってしまうということは……ございません。夢を見ているみなさんそれぞれが変化させていたものが……元に戻ったり、活動が大人しくなったりとかはしますけど……例えば……そちらのガチャガチャ屋さんも……。

 しかし……空間そのものが無くなるわけではありません……。」


 どうかしたのか、説明するミレニアは言葉の切れが悪くなっている。

 そんな彼女の視線に誘導されるまま、先ほどのレアガチャ町屋の方を見る。

 朝焼けのせいもあるだろうが、さっきまでの派手な照明が弱くなり、確かに大人しくなったようにも見える。そろそろ店じまい、という雰囲気が出ている。

 なるほどな、うーん、結局よくわからない仕組みの世界だ。


「じゃあ一体、何が時間切れなんだ」


「それは……私が……です。 あっ」「ミレニアッ!?」


 見ると、ついさっきまで元気だったミレニアが、立っているのもやっとのような状態でふらふらとしており、今にもよろけて倒れそうになっていた。

 慌て、思うよりも先に手が反射的に伸びミレニアの両肩を掴む。

 彼女はその支えに対し、遠慮や拒絶をする余裕すら無いように、体を預けてくる。


「急にどうした! どこか調子が悪いのか!?」


「いえ、大丈夫……です。この時間になると、いつものことですので……。

 ノアさん、そろそろ……お別れの時がきたようです」


 弱々しい声だ。

 さっきまで大きなロボットを蹴り飛ばしたり、箱型モンスターをホームランしてたり、そして、好奇心旺盛でとてもキラキラしていた少女とは思えない。

 そんな彼女に、これから何が起こるというのだ。


「教えてくれ、朝になると、君はどうなるんだ!? どうすれば元気になる!?」


「朝を迎えると…………


 私は……………………


 …………………………


 とても…………眠くなります」


「…………………………」


「…………………………」


「…………………………」


「……………………スヤァ」


「まだ寝るなぁ!!」


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