第一夜 9 ノア、冒険に駆り出される

「いきなり冒険って言われても……なんでそんなことをしなきゃいけないんだ」


「お話を続けることよりも、まずはいろいろと探索してみる方がこの世界のことを知ることができて楽しいかと思います。

 理屈じゃなく、感じるのです!」


「別に楽しさを求めてはいなんだけど」


「そんな事を仰らないでください。ここはたくさんの夢が詰め込まれた、あらゆることが実現する世界なんですよ。それ即ち、無限の可能性が秘められているということなのです。

 その世界を体験できるって素晴らしいことだと思いませんか?

 何もせずに過ごすなんて勿体無いことですよ。

 それに……これは私の願いでもあるのです」


「願いだって? 何か冒険しないといけない理由や目的でもあるのか?」


「私も楽しみたいのです」


「楽しみたいだけかよ」

 なんなんだこの娘は、暇なのか?

 だいたい、本当に遊び感覚で済むのであればいいのだが……。


 岸壁の方を振り返り、先ほど少女に蹴り飛ばされて崩れて落ちたロボットを確認する。あれから動いた様子もなく完全に停止したようで、もはやただの和風の布で覆われた鉄屑の塊となっていた。

 そもそもなんで急に出現したのかもわからないけどこいつは自滅してくれたからいいとして、また同じようなものに遭遇して本当に襲われたりしたら大変だ。

 もし死んでも現実には戻れる、と言われたところで、可能なら死ぬような思いはしたくない。


「楽しいとか以前に、危険は勘弁だな」


「ふふ……ノアさん」

 ミレニアは不敵な笑みを浮かべ続ける。

「逆に、楽しいとは思いませんか」


「逆に、をつけると説得力が増しそう論法が通じると思うな」


「そこをなんとか、お願いします。この一晩だけ、私にお付き合い頂けませんでしょうか。

 私に出来ることであればなんでもしますから」


「なんでもするとか簡単に言うんじゃない」


「はい、さすがに『コーヒー牛乳を口に含んでコーヒーと牛乳を別々のコップに戻す』とか『時速160kmのボールを割り箸で打ち返す』とか、そこまでのことは出来ませんが」


「なんでもするの具体例が暴走しすぎだろ! そんなこと要求するか!」

 むしろどこまでのことなら出来るのかは興味深いが。


「それに危険だということであれば、ご心配なく。

 私がいる限り、ノアさんの安全は全力で保証させていただきます」


「保証、ねぇ」


 確かに、先ほどあのロボを蹴り飛ばした時のことを考えると彼女の戦闘能力は高いようだし(魔法は使えなかったけど)何かをしてもらうというよりは、近くにいてもらえるだけで頼りになるのかもしれない。下手に彼女を突き放して一人で行動するよりはよっぽど安全だ。

 それに彼女、ミレニアの顔を見ると、瞳にうっすらと水分が溜まってきているのがわかった。なんでそんなに必死なのかよくわからないけど、断りづらくなってきた。

 あと、髪の先端がまた細かく点滅している。それ、どういう感情表現なのよ。


「……まぁ、危険なことがないなら付き合ってもいいけど」


「いいのですか!? 有難うございます!」


 今度は髪だけでなく、羽織の袖口や帯までライン状にエメラルドの輝きを強める。だから何を表現しているんだよ。


「やりました……私、ミレニア、初めて冒険仲間というものが出来ました!」


「仲間いなかったのかよ」


 いや、他に人はいないみたいだけど……というか、待てよ。

 そういえばわからないことが多すぎて、まだ確認できていないことがあった。


「そういえば、君は何者なんだ? どこから来たんだ?」

 

 彼女、ミレニアは自分と同じくこの世界に迷い込んだ人間? それとも、元からこの世界で暮らしている人間?

 どちらにしても、この世界のことも詳しいようだし、『初めて仲間ができた』という発言からも、ある程度ここで過ごした経験があるということじゃないのか。


「ふふ……ノアさん、ご存知ですか?」

 ミレニアはしたり顔で答える。

「ヒーローというものは自らが抱えている秘密、そして孤独という困難と戦い続けるものと聞きます」


「ヒーローっていうか、魔女じゃなかったっけ」


「魔女っ娘です」


「そうだった、いやどうでもいいわ」


「とにかく冒険です! さぁ、何かしましょう! 何かを!」


 質問に対して雑に誤魔化された気がするけど、話したくない事情があるならまぁいいかとも思った。

 そんなことよりも、あれだけ冒険したいと言っていながら何もプランが無いことを曝け出した宣言に、少し頭が痛くなる思いだった。

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