第一夜 7 ミレニア、どうでもいい知識を披露する
昔から、午前2時を過ぎたあたりの時間帯は『草木も眠る丑三つ時』などと呼ばれていて、怪談話などの伝承で、幽霊や化け物が最もよく出る頃だとか言われている。
この京都にも、古来から妖怪や魑魅魍魎などの類の言い伝えや怪談話はたくさんある。水辺に行けば河童がいるとか、山に行けば天狗がいるとか。
海外でも丑三つ時と似たようなもので『魔女の時間(ウィッチアワー)』とか呼ばれている時間があるらしいと、そんな話を聞いたことがある。同じ時間帯なのかどうかまではよくわからないけど。
どちらにしても、妖怪や魔女なんて、現実には存在しない。しかし、時に物事は存在することを証明するより、存在しないことを証明する方が難しい。みんなが寝静まり、こんな真っ暗になった時間帯にそのようなものたちが存在すると言われても、肯定はできないが否定もできないのが、こういった言い伝えの実に嫌らしいところだと思う。
さて、
そんな真夜中に、魔女っ娘と出会った。
魔女とか魔法少女でなく、魔女っ娘らしい。
違いはよくわからないけど、魔女っ娘らしい。
魔法は使えてなかったけど、魔女っ娘らしい。
そうなると、考えられることは次のどれだろうか。
1、現実に魔女っ娘がいる。
2、現実に魔女っ娘と名乗るただのコスプレ少女がいる。
3、ここは現実ではない。
正解は2番、せめて1番だと解答したいところだけれど、すでに非現実なものをそれ以外に多く見てしまっている以上、おそらく3番なのだろう。
そして、魔女っ娘と称する、ついさっき称することにした少女は言った。
『ようこそ、夢の世界へ』と。
夢の世界? 東京を名乗る千葉にあるアレのこと? ここ京都だけど?
とりあえず話を聞いてみるしかない。
「えっと……ミレニア=ハルシオーネ、さん」
「はい、私のことはミレニアとお呼びください。それと、私はこのような言葉遣いで話すのが習慣なのですが、ノアさんはお気遣いなく、どうか気軽な感じでお話しくださって結構ですよ」
「……そうか、わかった」
先ほどからのよくわからないやり取りで既にタメ口を使っていたような気もするが、相手がそう言っているなら甘えることにする。
「それでミレニア、さっき君は『夢の世界』とか言ってたけど。
それはどういうこと? いったい何が起こっているんだ?」
「ええ、そうですね、一つずつ順を追ってご説明を差し上げた方がよろしいでしょう。
ただ、私も全てを理解できているわけではございません。わからないことも多くございます。それでも、知っていることをお伝えしましょう」
ミレニアは真剣な顔つきで語り出す。
「まず、このロボットが現れるなりすぐ崩れてしまったというこの現象。これはいわゆる『出オチ』と呼ばれるものですね」
「……ん?」
「体が大きくて強そうな敵が唐突に襲いかかってきた。このままなすすべもなくやられてしまうかもしれない。……と、恐怖を煽るだけ煽って、これまた唐突に勝手に自壊してしまう。言葉通り“出てきた途端にオチがついてしまう”ということですね」
「な、なるほど……」
……ん? 何の説明だ、これ。
「似たようなものを表現する言葉で『噛ませ役』というものもあるらしいですが、この場合は対立を煽るような場面もなく、そもそも戦ってすらいないのであれば、適した表現ではないのかもしれませんね」
「いや、そんな話じゃなくて……」
「次に私がノアさんの前に参じた場面ですが、やはり冒頭で敵に襲われている人を颯爽と駆けつけて救助する、というのは王道のシチュエーションかと思いました。今回の敵はもう倒す必要がなかったのかもしれませんが、やはり派手な登場をした方が様になるかなと思いまして、魔法少女っぽい演出も絡めて派手に蹴り飛ばしてみました」
「場面……? 演出……?」
「そして私の衣装なのですが……」
「待って待って待って」
「はい、何かここまでで気になることがございましたか?」
「気になることだらけだよ。何の話をしているのだか」
「申し訳ございません、ご説明するといっても、私も最近覚えたことばかりでして、もしお伝えしている内容に要修正箇所があればご指摘頂けると大変助かるのですが」
「いや、ツッコミどころはあるけど、その前に、今いるこの場所が何なのかを教えてほしい。そもそも『夢の世界』が何なのかって話なんだけど」
「えぇ、ですから今この場で起こっている出来事・現象についてご説明を差し上げていたのですが」
「そもそも、それらが起こっているこの場所が何なのかがよくわかっていないんだ。いつも通りの京都にも見えるけど雰囲気がおかしいし、異質なものが所々にあるし、他に人が誰もいないし、大きなカラクリ人形みたいなのが落ちてくるし、現実のようには思えない」
もう一つ加えると、今は変な魔女(いや魔女っ娘?)に絡まれてるし。
「……もしかして、なにもお聞きしていないのですか?」
「聞くって、誰から?」
「貴方をこの場所に案内してきた人はいませんでしたか? 猫のような女の子ですが」
「女の子……? 確かに妙な猫が部屋に入り込んでて、後をつけたらこの場所まで誘導されたんだけど、猫のようなじゃなくて完全に猫だった。それにここに着いた後どこかに忽然と消えちゃって、どこに行ったのだか」
「あぁ、やっぱり……」
少女は軽く溜息をついた。そして、独り言のような小さい声で呟く。
「期待はしていませんでしたが……全く、ニャタリアさんも困った子ですね。新しいお客様を連れてくるって仰っていたから、ちゃんと説明して合意を得た上で同行してくれると思っていたのですけれど。本当、気まぐれな猫ですね。今夜は本当に猫になっているようですけど」
「あの、それで……」
「なるほど、わかりましたよ! これがいわゆる【放置プレイ】というやつですね」
「えっ?」
「噂で聞いていた通り、なるほど、シンプルでありながら奥の深い嫌がらせですね。もしかして、彼女はそれを実演して見せてくださったのでしょうか。しかし、放置される対象がノアさんだなんて、羨ましい限りです。ぜひ私も放置プレイされてみたいものです」
「そ、そうか、放置プレイ、いつかされるといいな」
何言ってるんだ、この子。
しかし猫の話になり、もう一つ思い出したことがあった。
「そういえば、その猫が現れる前に、変な夢の中で自分のことを女神とか語る女性に声をかけられたんだった。そこで冒険しろとか遣いの者をやるとか言われて、そのあと猫に起こされて今に至る。そんな流れだった」
「女神……それは私もわかりませんね。ニャタリアさん、また私に隠して不穏なことを……」
何度か彼女の口から出てきたニャタリアという名前はどうやらあの猫のことらしいが、女神については彼女も知らないようだ。まぁそこは後でいいだろう。
「それより、とりあえず知りたいのはその『夢の世界』が何かってことなんだけど」
「そうですね、仕方ありません、役目を果たしてくれなかった猫ちゃんに代わって私がご説明致しましょう」
話が脱線、というより、この夢の世界とやらに来てから一度も線路が見えていなかった放置プレイな冒険のチュートリアルが、ようやく始まるのだった。
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