第一夜 6 ノア、どうでもいい選択を迫られる

今、何を聞かれた?


「えっと、君が魔女なのか、魔法少女なのか、って?」


「はい!私、自分がどちらなのか、はっきりとわかっていないんです。そもそも両者の明確な定義もまだちゃんと理解できているかわかりませんし、最初は魔女って魔法少女の略称なのかもとか思っていたくらいでして。とりあえずどちらのイメージも伝わるように試行錯誤しているのですけど……如何だったでしょうか?」


「如何だったと言われても……」


「さっきの飛び蹴りとかは、なんか魔法少女って感じでやってみたのですけど」


「な、なるほど……」


「魔法少女って飛び蹴りをするイメージだったのですけど、違うのですか?」


「飛び蹴り……うーん、するような、しないような」

 確かにアニメとかで登場するような魔法少女って、魔法とは名ばかりで物理攻撃ばかりしているような印象もあるけど。


「それでは、先ほどの傷を治す魔法の演出はどうでしたか? あれは魔女っぽい感じがありませんでしたか?」


「ど、どうだろう……」

 魔法の演出? 肝心の治療はできていなかったのに、演出を気にしてる?

「うーん、まぁ、魔法使い、って感じはあったかもしれないけど」


「なるほど、では魔女ですね」


「どうしてそうなる」


「魔法使いの女性のことを魔女と呼ぶのではないのですか? あれ、でもそうなると魔法使いの少女は魔法少女ということに……」


「いや、それはどちらも違う気もするけど」


「違うのですか。なるほど……やはり定義がまだよくわかりませんね」


 少女はその整った眉を顔の中央に寄せて、腕を組み考え込む。服や髪の一部から発していた翡翠の輝きもトーンダウンして、見た目的にも大人しくなっている。

 だいたいそんなことを確認してこの娘は何をしたいんだろう。

 魔女と魔法少女の定義や違いだって?

 まぁ違うものかと言われればそうなのだろうけど、そんな日常生活で使うことがない単語の定義なんて気にしたことはない。

 例えば日曜の朝とかによく妹が観ていたアニメなどを思い返すと、ああいうのが魔法少女だなというイメージはできる。しかし現実で魔法少女や魔女に会うようなことがない以上、想像でしか語ることはできないのだ。

 いつもテレビで観ているような芸能人やスポーツ選手を街などで発見して『初めて本物を見た』という感覚を、魔女や魔法少女に対して持つことはありえない。

 もしそれらに会うとしたら、それはただのコスプレだ。そして、コスプレで大切なことは、まわりからどう思われようが自分自身だけは本物だと信じられるくらいなりきることだ。

 だから、こう答えることにした。


「えーっと……どっちでも不都合がないなら、自分がそうありたいと思ったものを名乗ればいいんじゃないですかね。コスプレとかってそういうものかと」


「うーん、それはそうなのですけど」


 あ、コスプレって言葉は否定しないんだ。


「いえ、やはりそういうわけにはいきません。私は客観的なイメージが知りたいのです、どうか貴方のご意見をください! 見た感じのイメージで答えてくださってかまいません。私は魔女なのか、魔法少女なのか、あるいは、私の存在を表現するのに他に適切な名称が候補として存在するのでしたらそれでも構いません。私に与えられた使命に関わる重要な問題なのです。どうか教えてください!」


 何やら真剣さは伝わってくる。でも、いきなりそんなことを言われてもな……。他にそれっぽい名称……どんなのがあったかな。見た感じのイメージで答えていいのなら……。


「…………『魔女っ娘』……とか?」


 なぜそんな言葉を思いついたのかよくわからなかったが、彼女を見ていると、何となくその言葉がふいに浮かび、つい口に出てしまった。


「ま……魔女っ娘……ですか? 魔女っ娘……」

 その呟きを聞いた彼女は、声を震わせてその言葉を反復させる。


「あ、いやそういう呼び方もあるかなと、何となく言って……」

「ありがとうございます!!」

「え?」

 言葉を返し切らないうちに、元気なお礼の挨拶が返ってきた。


「『魔女っ娘』素晴らしい言葉です。しっくりきました!! そういう言い方もあったのですね。やはり悩み事は自分一人で抱え込まずに、誰かの意見を積極的に聞いてみると新たな道が見えてくるものですね! 本当にありがとうございます。この名称が最適解かどうかはまだわかりませんが、しばらく試験的に魔女っ娘を名乗ってみることにします!」


「え……あぁ、うん」

 試験的にって……なんだかよくわからないけど、とりあえず気に入ってくれたらしい。正直どうでもいいけど、この解答でひとまず納得できたのならまぁそれでいいか。


「とてもスッキリしました。ここに何か擬音を出すなら、そのまま“スッキリ”って音を出したいくらいです」


 興奮の様子を抑えきれない彼女は、また髪や服の一部を輝く緑に発光させながら体全体で喜びを表現する。どういう仕組みで発光しているんだろう、そのゲーミングコスチュームは。服はともかく、髪はLEDを仕込んだエクステでもつけているのだろうか。まぁ、魔女……いや、魔女っ娘だからいいのか。いや、わからんけど。


「さて……私の呼び方も決まったところで、ちゃんとご挨拶をしないといけませんね」

 彼女はにこやかな喜びの表情で、体の発光を抑えきれないまま、向き直る。

「私は“魔女っ娘”ミレニアと申します。ミレニア=ハルシオーネ、それが現在の私の名前です」


「現在の、って?」


「未確定なのですが、今はそう名乗っております」


 名前まで決まってないのか……。

 外国の人っぽい名前だけど顔立ちはどう見ても日本人だし、何よりその丁寧な言葉遣いや、立ち振る舞いからは、お手本のような日本人の所作が感じられる。

 その奇抜な格好は国籍不明感があるけど。


 とりあえず彼女の疑問が解消できて…………いや解消できてたか?結局魔女か魔法少女の違いがわからないまま魔女っ娘で落ち着いてみただけなんだが。

 しかし、正直こんな話は早く終わらせたい。

 こちらはそんなことよりもこの謎空間に来てから確認したいことがたくさんあるのだ。


「ところで、聞きたいんだけど、ここは……」

「あなたは?」「えっ」

 質問しようとしたところで、声が重なった。


 ……あ、そういうことか。

 いきなり変な話題から始まった後にようやく彼女の名前を聞く流れになったが、そういえば自分もまだ名乗ってはいなかった。


「俺の名前は……ノアと言います」


 まだ信用できるかどうかもよくわからない人間に名乗るのは躊躇したが、その透き通った瞳に見つめられて適当な名前を返すのも気が引けたので、素直に名前を伝えることにした。

 “羽衣乃亜はごろも のあ” 正真正銘、自分の本名だ。


「宜しくお願いしますね、ノアさん」


 彼女は表情をもう一段と柔らかくして微笑む。

 そして、遊園地のスタッフがゲストを歓迎するかのように、両手を左右に大きく広げ、こう付け加えたのだった。


「ようこそ、夢の世界ドリームワールドへ」

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