それぞれの思い
あくる日の晩、ナツキはユーフォルをダイニングルームに呼び出した。ロルハはもう眠っている頃だろう。ナツキはいつになく思いつめた表情をしている。向かい合って座ったユーフォルは、それを見て思わず姿勢を正した。
「どうしたんだい、こんな時間に呼び出したりして」
ナツキはしばらく躊躇っていたが、意を決して打ち明けた。
「私たちが魔女であること。お前はそれを知っているな」
「ああ、なんとなく分かっていたよ。勿論、そのことは誰にも言ってない」
「そうか、これからもそうしてくれると有難い」
ナツキは苦し気に言葉を吐き出す。
「あたしの師匠は、魔女狩りに遭ったんだ。何とか命は助かったけれど、その時の傷が深くて。ずっとここで療養している」
「……そうだったのだね。それは、可哀そうに」
「あたしも必死に看病したけど、中々良くならなくて。そんな時、お前が来た。お前の歌や音楽は、師匠にとって心の支えになったはずだ。少なくとも、あたしなんかより、よっぽど」
「そんなことはないだろう。君の献身は、部外者の私から見てもよく分かるよ」
その言葉を最後に、長い沈黙が訪れた。ナツキもユーフォルも黙って互いを見つめていたが、やがてナツキが一つの提案をした。
「なあ、もしお前が望むなら、師匠と二人で旅に出てもいいよ。勿論、お前は命がけで彼女を守ること、それが条件だ。それが、きっと師匠にとっても良い結果になる、そのはずだ」
ナツキは顔を上げて、真っ直ぐにユーフォルを見据えた。しかしその瞳は寂しげに揺らぎ、目尻には涙がにじんでいる。
ユーフォルは困ったように眉根を寄せて、こう言った。
「ごめんね、君たちの暮らしを脅かすつもりはなかったんだ。どうやら私は君の師匠に焦がれるあまり、越えてはいけない一線を踏み越えてしまったらしい。私が居ると、きっと君たちにとって良くないと思うんだ。だから、私はすぐにでもここを去るよ。それで許してくれるかい」
ナツキは涙をこぼしながらも食い下がった。
「どうしてお前が、そんなことを言うんだ。師匠が好きなんじゃないのかよ」
「それは嘘じゃないさ。でも、時には恋より大切なものだってあるだろう。そうじゃないのか」
ユーフォルは諭すように言葉を重ねる。
二人は長い長い問答を続けた。弟子は大事な師匠のために、旅人は愛する魔女のために。尽きることのない言葉は、彼女らの思いの丈の深さを物語っていた。永遠とも思えるほど長い話し合いの中でも、ついに結論は出ないままで。
疲弊しながらも口を開いた、その時だった。
ダイニングの扉が勢いよく開け放たれた。部屋に飛び込んできたのは魔女ロルハだ。彼女は肩で息をしながら、それでも瞳は強い意志に輝いている。彼女はゆっくりと二人を見回すと、一枚の紙を掲げて見せた。そこにはこう書いてあった。
『わたしも いっしょに はなしたい』
それから三人は、夜を徹してじっくりと話し合った。これまでのことと、これからのことを。語らいは夜明けまで続き、やがて一つの結論へと達した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます