嵐の来客

 とある嵐の日のこと。

 風雨が窓ガラスを叩き、ごうごうと音を立てている。ロルハとナツキは並んでソファに腰かけ、ブランケットにくるまりながら暖炉の火を眺めていた。

 すると、玄関のドアをノックする音が聞こえた。ナツキははっとして、警戒しながらドアへと近づく。魔力で向こう側の気配を探ると、来客は人間で、数は一人。

 彼女は慎重に、ドアを細く開けた。玄関に立っているのは、旅人風の姿をした何者か。つばの広い帽子を被り、小脇にハープを抱えている。嵐の中ここまで歩いてきたようで、上から下までびしょ濡れだった。旅人は人好きのする笑みをたたえている。

「ごめんください。一晩泊めてもらえないでしょうか?」

 ナツキは考える。ここで追い返せば、かえって怪しまれることにもなりかねない。師匠を危険にさらさないためにも、ここでは良心的な家主を装っておいたほうがいい。それに、いざとなれば人間ひとりくらい、消す手段はいくらでもある。

 暗い決心を固め、魔女の弟子は扉を開けると、旅人を迎え入れた。


「いやぁ、ありがとうございます。親切な方もいたもんだ」

「こんな嵐だからね。でも、明日には出てってもらうから」

「もちろんですとも。ご厚意に甘えてばかりではいられませんので。ところで、温かいスープなどあれば、恵んでくださいませんか?」

 図々しい奴。ナツキは大きな溜め息をつくと、夕飯のスープをとりに台所へと向かった。

 そうして戻ってきてみると、リビングルームに通じるドアが開け放されていた。あの部屋には、師匠がいる。ナツキはスープの皿を床に取り落とす。血相を変えて、魔女のもとへと駆け出した。

 次の瞬間ナツキの目に飛び込んできたのは、なんとも理解しがたい光景だった。旅人は魔女の足元にひざまずき、その手にキスをしていた。魔女は戸惑いの表情を浮かべている。

「お会いできて光栄です、美しき人よ。私は一目見て恋に落ちてしまいました」

などと嘯くので、弟子は呆れて何も言えなかった。黙って二人の元へ行くと、旅人の襟首を掴んで引きずっていく。

「イタっ、そんな乱暴にしないで……ああ、運命はかくも私たちを引き裂くのか!」

「黙れこの無礼者が。師匠に近づくな」

「師匠? それなら君はお弟子さんかい」

「そうだよ、分かったら大人しくしてろ!」

 やいのやいの言いながら、ナツキと旅人は隣室に引っ込んだ。その様子をじっと見ていた魔女は、やがて緊張を解くと、ふっと息をついた。


 次の朝、挨拶もそこそこに、ナツキは旅人を玄関先へと叩きだした。

「もう、つれないなぁ。仮にも私は客人だよ?」

「うるさい、二度と来るな」

「いいや、何度でも通うさ。君の大事な師匠から、告白の返事を聞けるまではね」

 ナツキの悪態に、旅人は爽やかな笑みを返した。

「私の名はユーフォル。以後よろしく頼むよ、お弟子さん」

 晴れ渡った空の下、旅人は上機嫌に歩いていった。その後ろ姿を睨みつけながら、ナツキはいっそう警戒心をつのらせるのであった。

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