魔女の弟子

「師匠、朝ですよ」

少女がレースのカーテンを引くと、柔らかな朝日が室内に入ってくる。

「調子はどうですか。今日は起き上がれそうですか」

 ベッドに横たわっていた、師匠、と呼ばれた人は、ゆっくりと身を起こした。ベッドサイドのテーブルの上に紙とペンが置いてある。彼女はそれを手に取ると、たどたどしい手つきで文字を記していく。

『うん あさごはんも たべれそう』

弟子の少女はぱっと顔を輝かせた。

「よかったぁ。腕によりをかけて作りますからね。パンとお粥、どっちがいいですか」

『おかゆ』

「わかりました! それじゃあ、今朝採ってきた野草で山菜がゆにしましょう」

 弟子はさっと師匠のそばに寄り、背中を支えてベッドから降ろした。彼女の喉元には見るも無残な火傷の跡がある。弟子はそれを直視しないようにして、大切な師匠を肩で支えながら、一緒にダイニングへと向かうのだった。


 魔女ロルハとその弟子のナツキは、朝食をとった後、日課の散歩に出かけた。

 森の小道を抜け、大きな樫の木がある川辺までの、ごく短い道のり。魔女は片手に杖をつきながら、少し難儀しつつ歩みを進める。木漏れ日が魔女の頬を照らして、しかしその顔色は冴え冴えとして青白い。今日もあまり眠れなかったのだろう。弟子は心配しながらも、横並びに歩幅を合わせて付いていく。


 昼の間、魔女はソファでしずかに本を読みながら過ごした。弟子は彼女の治療に使う魔法薬を調合していた。

 傷口に塗る軟膏。喉を癒すシロップ。全身の痛みを和らげる粉薬。そのいずれも、魔女の傷を完治させることは出来ないでいた。ナツキは無力感に苛まれながら、それでも献身的に日々看病をしていた。


 その日の夜、ベッドで眠る魔女の側に、弟子の少女が腰掛けた。

 ロルハの額には寝汗がにじんでいる。それを布で優しく拭き取ってから、ナツキは彼女の前髪を軽く整えた。黒いさらさらとした髪が、今はじっとりと濡れて顔に張り付いている。

 ナツキはしばらく魔女の寝顔を見つめていたが、やがてぽつりと呟いた。

「ねえ、師匠」

 返事はない。不規則な寝息を立てて、彼女は浅い眠りについている。

「あたし、あの人間たちが許せない。師匠をこんな目に合わせた奴ら全員、今すぐにでも殺しに行きたいよ」

 絞り出すように言葉を吐き出した。その表情は張り詰めて、瞳は悲しげに揺れている。

「でも、そんなことしたって、師匠の体は治らない。それよりあたしはもう一瞬たりとも、あなたを離したくないんだ。ずっとそばにいる」

 だから、安心して眠ってよ。ナツキは泣き出しそうな声で語りかける。

 ベッドサイドに置かれたランプが、ふたりの魔女の横顔をほのかに照らしていた。夜は静かに更けていく。

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