第35話 鬼化
リヴォルが自分の立場を守るためには、エイリーたちを説き伏せる演説を行うか、目撃者を全員消すかの二択。
あの森から駐屯地に来た者は十数人。
対して魔力を無制限に使える王国騎士は数十人。
人を人とも思わないリヴォルが取る選択肢は一つ。
「致し方ない……お前たちは
歪んだ笑みを浮かべ、剣を引き抜き切先を向けるリヴォルにエイリーは苦虫を噛み潰した顔を返す。
他の騎士たちも、剣を抜く。
王国魔法師団もリヴォルの決断に杖を構える。
無限の魔力は、エイリーに思考が近かった王国魔法師団の魔法師も歪めてしまったのだろう。
「ホリー、隙を見てティハを探し出して助け出すんだ。この駐屯地の中心部にいるはずだ」
「お前は……!?」
「陽動は任された。だが、できるだけ早く頼むぞ。最悪お前だけでも生き延びて、このことを父に伝えるんだ」
「っ……! わかった」
いくらティハのクッキーで
全員が生き延びるためには、数分以内にティハを助け出すしかないだろう。
時間をかければかけるだけ、犠牲者が出る。
相手は皆殺しにしてくるつもりなのだ。
スコーンの頭を撫でて、首に手を置く。
「殺せ! 皆殺しだ!」
リヴォルの叫びを合図に、騎士たちが技スキルで襲ってくる。
威力が高く、派手な攻撃を多発してくる王国騎士たちのおかげで、ホリーはスコーンに乗って煙を纏いながら王国騎士たちの目から外れて駐屯地の中心部を目指すことができた。
「ウキィ!」
「向こうか! スコーン!」
「ガウウ!」
ホリーの頭の上からリンゴが指差す。
その方向に向かってスコーンが向きを変えて駆ける。
ボロ布で作られたテントの前に、細剣を下げたマリアーズが部下と共に立っていた。
「押し通る! このまま進め!」
「あら嫌だ。田舎者の中には蛮族もいたのね」
事態はまだ把握していないはずのマリアーズが、赤い口紅を差した唇を弧に歪ませて剣を引き抜く。
ホリーも背の大剣を引き抜き、魔力を込める。
「爆散・大斬刃!!」
「可憐花弁ノ舞!」
マリアーズの火花が目眩しとして周囲に散る。
それごと、ホリーの大剣が切り裂く。
だが、身体強化でスピードを上げたマリアーズが大剣を振り下ろしたばかりのホリーの頭上に逆さまになって現れる。
細い膝がホリーの顔面に向けて振り下ろされたが、咄嗟にリンゴが唾をマリアーズの膝へ向かって吐いた。
それに気づいたマリアーズがホリーの前から一瞬で後ろへ移動する。
本当に速い。
手首を捻って大剣を地面から背後のマリアーズへ向けて振るうが、動きの大きなホリーの剣をマリアーズは軽々避ける。
「止まるな、スコーン! 突進しろ!」
「ガウウ!」
「! ……狙いは魔力供給袋ね。生意気。そうはさせないわ」
マリアーズを振り切ることを優先させるホリー。
護衛の騎士がマリアーズの稼いだ時間を使って剣を引き抜き、襲いかかってくる。
背後で聞こえる爆音。
親友と、かけがえのない命の恩人。
どちらもホリーは失いたくない。
「――うおおおおおおおおお!」
ホリーは先天的に、
人間よりも小さく、鬼人族ではあり得ない大きさ。
鬼人族は肉体を覆うほど大きな
その巨大な
鬼人族の間で、その状態を“鬼化”と呼ぶ。
ホリーはそれができない。
だが、ティハの料理やクッキーを食べてきたことで現時点では人間と同じくらいの大きさの
数十秒程度なら、擬似的な鬼化ができる。
「行かせない! ここで死になさい、田舎者の分際で! ――え?」
肌が赤く変色し、額の上に二本の
牙が発達し、筋肉が血管を浮き出すほど膨れ上がった。
あの大剣が、普通の長剣に見えるほど体が巨大化したホリーにより、急接近したマリアーズの体は手のひらに掴まれる。
「ぎっ!? なっ……貴様……! は!? まさか、き、鬼人族!?」
「我が名はホリー・クロージェタス! ティハを返してもらう! 彼はすでに俺の婚約を受け入れてくれている!」
「は!? クロージェスタ……その苗字を名乗るのは、お、王族……!?」
「王族の婚約者を害したのだ、タダでは済まさん!」
「ぎっ――ぎゃぁぁぁあああぁぁぁ!」
地面に向かってマリアーズを叩きつける。
美しい顔面を地面にめり込むほど叩きつけられたマリアーズからは、血が噴き出した。
周りの騎士の攻撃も、肌を覆う魔力で弾き返す――まさしく無双の強人。
ボロ布で覆われたテントまで一瞬で距離を詰め、布を剥ぎ取る。
そこにいたのは両腕を幾本もの杭を打ち込まれて、意識を朦朧とさせているティハ。
血が腕から地面に向けて流れ落ち、魔法陣に魔力を供給し続けている。
目を見開くと同時に時間切れで、いつもの姿に戻るホリー。
すぐに腕から杭を抜こうとするが、一本でも抜けば出血して命が危険に晒されかねない。
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