第36話 鬼人族の真価


「っ、ティハ、少し我慢しろ」

 

 仕方がない、とポーションを取り出してティハの口に『体力回復効果付与』のアイシングクッキーを含ませる。

 食べてくれ、と懇願するホリーの顔が見えたのか、本能なのか、少しだけ齧ってくれた。

 安堵しつつ、杭を抜きながらポーションを腕にかけていく。

 

「ううううっ」

「すまない、我慢してくれ」

「う、ううう! ぁ、ぐ、うううう……ァァァッ」

 

 ボロボロ涙が溢れる。

 いつも笑顔で優しく穏やかなティハが、泣いて声を殺すこともできずに痛みに耐えている姿。

 歯が砕けてしまうのではないかと思うほど、食いしばる。

 

「よし、全部抜けたぞ! ティハ!」

「う……ううう……」

 

 倒れ込んでくるティハを受け止めるホリー。

 だが、ティハはすぐに姿勢を正す。

 

「あ、あ……ホ、ホリーさ……危なっ!」

「っ!?」

 

 左肩にぶつかって、体を強制的に傾けられる。

 ハッとした時には遅く、ホリーの頭を狙っただろう細剣の切先がティハの左眼を抉るように掠めていった。

 

(――ああ……)

 

 どうして彼がこんなに傷つけるのだろうか。

 彼がなにをしたというのか。

 それでなくとも「長く生きられない」と自分で口にするような人を。

 時間が止まったようにしっかり見てしまった。

 ティハの目玉が剣で裂かれるところを。

 体が一気に熱くなり、細剣を振るった女を鬼化した手のひらで掴み、投げた。

 

「ぐぎゃっ!」

 

 潰れた蛙のような声をあげて、ゴロゴロ転がっていく女、マリアーズ。

 砂まみれになりながら、起き上がると思い切りホリーを睨みつけた。

 だが、睨みつけた先にいた鬼化した鬼人族は、赤いオーラを纏っている。

 

「な――なに……? なに!?」

 

 それこそが、無敵の鬼人族の“鬼化”だ。

 魔法陣から魔力を吸い上げて、体の表面に纏っている。

 困惑するマリアーズが、鼻血を拭いながら立ち上がると、魔法陣からの魔力供給が滞っていることに気がつく。

 

「こ、この鬼人族……ほ、本当に、王家の――!?」

「ゥガァァァアアアアアアアアアァ!」

 

 すさまじい咆哮。

 その咆哮と同時にホリーの体が纏うオーラが自然魔力と地上の魔法陣、すべての魔力が震えた。

 オーラが触れるすべての魔力を身に纏い、マリアーズに向かってくる。

 

「あ、あっ、あ……! い、い、い――いやぁぁぁああああぁ!」

 

 救い上げるように、やっと立ち上がったマリアーズの首から下を吹き飛ばす。

 死ぬはずのマリアーズだが、ゴロンゴロンと飛んだ頭が地上に落ちると魔法陣の魔力供給を受けて、脊髄が生えて再生が始まった。

 しかし、マリアーズの顔にはもう戦意がない。

 目の前にいる、その存在はエリアボスすら凌駕するだろう生き物。

 他の騎士も武器を捨てて、悲鳴を上げて逃げ出した。

 駐屯地中の空気を揺らす咆哮。

 傷ついたティハを左腕に優しく抱き上げて、エイリーたちの方向へ大きくジャンプした。

 突如現れた巨大な鬼と、魔力供給が滞り、魔法の連発ができなくなったリヴォルや騎士や魔法師たちは絶望を滲ませた表情で振り返る。

 

「ホ、ホリー?」

 

 エイリーが困惑しながら“鬼”の名を呼ぶ。

 長いつき合いだが、エイリーは鬼化したホリーを初めて見た。

 再びすさまじい咆哮で周囲を威圧する。

 腰を抜かす魔法師たち。

 ティハを抱えた反対の腕を振り上げ――振り下ろす。

 振っただけで空間を切り裂く鬼の爪。

 逃げ出そうとした王国騎士や魔法師は、鬼の爪により吹き飛ばされていく。

 リヴォルが他の騎士を盾にして攻撃を避けるが、盾にされた騎士が「アーっ」と情けのない悲鳴をあげる。

 恐る恐るその騎士の後ろから顔を出したリヴォルが見たのは、目の前に迫った壁のような鬼。

 再び振り上げた拳は、なんの容赦もなく振り下ろされた。

 ブチャ……と二人分の体が潰れる音。

 地上の魔法陣から魔力が潰された体を再生していくが、これで戦意を持ち続けられる者はいないだろう。

 

「ホリー!」

「……ァ……ァ、エ――エイリー……エイリー……ティ――ティハァ……」

「見せてみろ!」

 

 よろよろとエイリーに近づくホリーを、スコーンが支える。

 スコーンに支えられつつその場で膝をつき、倒れそうになるホリーはゆっくり鬼化が解けていく。

 それでも決して離さないティハの血だらけの姿。

 エイリーが駆け寄って治癒魔法をかける。

 だが目は、外科手術でなければ。

 迂闊な治癒魔法で治癒すると、逆に治りが悪くなり後遺症が残ってしまうからだ。

 だがエイリーは医学も嗜んでいる。

 主に魔法の研究の際に、色々学んだので。

 服を破り、止血を行いつつ目の様子を確認しつつ「眼球は……だめだな」と呟く。

 これ以上の治療は道具も薬もない。

 一刻も早く戻らなければ。

 

「ホリー、お前は大丈夫か?」

「う……」

「まったく、とんでもない無茶を……。転移魔法の準備をしろ! 行き先は拠点本部! ホリー、もう少し頑張れ。ティハ、しっかり意識を持て! すぐに医者のところへ連れていく! 大丈夫だ、きっとお前たち二人とも助かるからな!」

「エイリー様、魔法陣はどうしますか!?」

「核となるティハを引き剥がせば停止するし、証拠として残す! まずはこのことを知っている我々が本部に戻ることがなによりもの証明にもなる!」

 

 そう宣言すると、全員がこくりと頷く。

 王国騎士たちがエイリーたちを皆殺しにしようとしたのも、一人でも逃せば禁術魔法陣のことをナフィラの領主に知られてはまずいからだ。

 ホリーを冒険者たちが肩に担ぎ、いつでも転移できるよう準備を万端にする。

 

「帰還するぞ!」


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